オルドール魔導院という所

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「アスリール……。今度は、何を?」  オルドール魔導院を構成する無数の尖塔。その中でも、ひと際高くそびえる尖塔の最上部。そこは魔導院の院長、エリオドーナの執務室である。巨大な執務机の向こうには、かつて宮廷魔導師として王の側近くに仕え、二十二名のアルカナを束ねる最高位(ゼロ)のアルカナ「愚者」の位階にあった伝説の魔導師、エリオドーナが穏やかな表情で座っている。 「あのう……。実は、ウンディネルラの中等魔術をベースにして、新しい魔術の実験をしていたんです」  語尾が徐々に小さくなっていく。音に聞こえた伝説の魔導師の視線に、アスリールは緊張で震えた。いつの頃からか、歳をとることをやめてしまったエリオドーナは、院生達の憧れの存在だ。魔導院に在籍する院生であっても、おいそれと面会がかなう相手ではないのだ。 「ウンディネルラの中等魔術? アスリール・ベリーフィールド。あなたは確か、四大元素魔術では初等魔術の免状しか持っていなかったはずなのでは? それなのに中等魔術に手を出すと言うのは、一体どういうことなのです?」  エリオドーナの脇に控えていた、教頭のウィルガーが口を開いた。左目にかけた片眼鏡(モノクル)が、ランプの光を反射する。やせぎすで長身のこの教頭は、スラリというよりヒョロリという印象を与える男性だ。いちいち嫌味で、院生達の評判も悪い。特に成績の芳しくないアスリールにとっては、天敵のような相手だった。 「どう言う事なのかといわれても──。卒業試験の課題を……」  彼女の返答に、ウィルガーは細い目をさらに細めた。 「ほほう、卒業試験ですか。あなたのように成績のよろしくない院生が挑める程、レベルの低いものではないのですよ。まったく、そこら辺をどう考えているんでしょうねぇ」  ネチっこい口調で、アスリールに嫌味を連発する。当のアスリールはと言えば、ただ下を向き、床に張られた大理石の模様を数えてやり過ごしている。 「教頭、もうそのくらいで──」  エリオドーナがウィルガーの言葉を遮り、アスリールは気付かれないように小さく息を吐いた。 「アスリール。あなたは皆に迷惑をかけたのですから、その償いをしなくてはいけません。それは判りますね?」  院長の静かな言葉に、アスリールは素直にうなずいた。
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