0人が本棚に入れています
本棚に追加
(ナンデ……)
その東洋人の男が繰る一撃一撃が対魔兵器のようであった。
決して魔術師などではない。なのに。何故だ。
何故『痛み』を伴うのだろう。
痛覚など微塵も感じなかったのに。骨身、脳髄に至るまでが苦痛をその痛哭を訴える。
忘れ去られたはずの激痛が蘇る。
あれは誰の記憶だった。
幼さい頃に父親に暴力を振るわれた。痛くて、恐くてただひたすら堪えることしか、神様に祈ることしかできなかった。
恐ろしさに震え続けたピート少年。彼は十代になると厳めしいタトゥーを体中に刻みつけた。
まるで父親から受けた傷を上書きするかのように背中から腕、ふくらはぎ、至るところに神のシンボルをびっしり彫り込んだ。
『俺は強い、強くなった。現にどんなに殴っても。殴っても。殴りつけても痛くねぇんだよっ!!殴ったヤツらがぐちゃぐちゃになりやがる』
「それが……なんで……なんでナンデなんだよぉぉぉぉぉーーーーーー」
腐ったはずのはらわたの底から叫び狂い吼えた。
「痛ぇか?」
「何者なんだ」
「その。なんだ。ご同類ってヤツ」
「ブラザー……なら。戦う理由なんてないだろう?あんたは魔術師じゃな……い……」
「悪ぃな。あんたに恨みはないが。もう、手遅れなんだ……。何もかも」
そう語った男の表情は憐れみすら含んでいた。
(死神……)
この身に敵などいないと思っていた。自分は最強の力を手に入れたのだから。そしてその対価は既に払っているはず。
自身の死を以て──。
「ワカラナイ……」
「ピート……」
一呼吸置くと、東洋人の男は腰を低く落とし奇妙なポーズを取り始めた。武術の一種だろうか。
ピートはずたぼろの体を引き摺って立ち上がった。もう逃げるだけの力すら残されていない。
それでも抵抗しようと思わないのは。多分、その男が父親の若い頃に少し似ていたせいなのかもしれない。優しかったときに、少しだけ──。
東洋人の男は掌に全身全霊の力を込めた。
(今。終わらせてやる)
最初のコメントを投稿しよう!