一話 その男。ヴァンパイヤ・スレイヤー

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     (ナンデ……)   その東洋人の男が繰る一撃一撃が対魔兵器のようであった。  決して魔術師などではない。なのに。何故だ。   何故『痛み』を伴うのだろう。  痛覚など微塵も感じなかったのに。骨身、脳髄に至るまでが苦痛をその痛哭を訴える。  忘れ去られたはずの激痛が蘇る。   あれは誰の記憶だった。  幼さい頃に父親に暴力を振るわれた。痛くて、恐くてただひたすら堪えることしか、神様に祈ることしかできなかった。   恐ろしさに震え続けたピート少年。彼は十代になると厳めしいタトゥーを体中に刻みつけた。  まるで父親から受けた傷を上書きするかのように背中から腕、ふくらはぎ、至るところに神のシンボルをびっしり彫り込んだ。  『俺は強い、強くなった。現にどんなに殴っても。殴っても。殴りつけても痛くねぇんだよっ!!殴ったヤツらがぐちゃぐちゃになりやがる』    「それが……なんで……なんでナンデなんだよぉぉぉぉぉーーーーーー」   腐ったはずのはらわたの底から叫び狂い吼えた。  「痛ぇか?」  「何者なんだ」  「その。なんだ。ご同類ってヤツ」  「ブラザー……なら。戦う理由なんてないだろう?あんたは魔術師じゃな……い……」  「悪ぃな。あんたに恨みはないが。もう、手遅れなんだ……。何もかも」   そう語った男の表情は憐れみすら含んでいた。  (死神……)   この身に敵などいないと思っていた。自分は最強の力を手に入れたのだから。そしてその対価は既に払っているはず。   自身の死を以て──。  「ワカラナイ……」  「ピート……」   一呼吸置くと、東洋人の男は腰を低く落とし奇妙なポーズを取り始めた。武術の一種だろうか。   ピートはずたぼろの体を引き摺って立ち上がった。もう逃げるだけの力すら残されていない。   それでも抵抗しようと思わないのは。多分、その男が父親の若い頃に少し似ていたせいなのかもしれない。優しかったときに、少しだけ──。   東洋人の男は掌に全身全霊の力を込めた。  (今。終わらせてやる)
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