一話 その男。ヴァンパイヤ・スレイヤー

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    男は中肉中背の体格にあるまじき剛力でピートの腹部を掌打する。  気づいたときにはもう遅い。   ピートの体は数100m先のコンクリート塀にすっぽりめり込んでいた。まるで鉄骨造りの頑強な建造物に対戦車用ミサイルを叩き込んだような衝撃であった。  ピートの体は辛うじて形を保ってはいたが。直ぐ修復されるべき肉体がその修復能力を失なったのだろうか。彼の内臓と肉片が汚泥のように辺りに撒き散って。ピートは遂に半狂乱になりながら泣き喚いた。  「……ジーザー……ス。……oh……my……God……ッ!!……」  彼の顔はすっかり歪みきって元の姿を留めていない。にも関わらずぽっかりと空いた二つの穴から血の入り交じった涙を流していた。   もういいだろう。  彼の悲痛は本物だ。  自身が昔感じた心が冷える思いを心底味わっているに違いない。  寂寥感と虚しさを。    『確かに俺は一度死んで蘇った。ですが、それは人を超越したわけじゃない。その事実を裏打ちするように俺の体は冷えきっていて。心臓は完全に動きを止めてしまった……。俺は日々人間の血を求める鬼になっていた』   俺に資格などあるのか──  『新名よ。人間は血を啜る鬼と同居できるほど肝が座っていない。精々幽霊だったのならば家族も許せるもの。だが、お前は事の理(り)をねじ曲げて生き返った。死していれば国のために散った英霊として華々しく語られ続けていられる。それこそ真の栄誉ではないのか』  『……高橋さん』  『よもや、国のためでもなく。家族のためでも、仲間のためでもない。一個人として何を為すのか』  『きっとその理由(わけ)を。俺は探しています……』  『宜しい。この高橋逸郎、渾身の一刀受けて尚倒れぬなら。俺は新名信夫を認めよう。血を啜る鬼としてだが、な』   波打つ刀身に月がくっきりと映えるほどの冴えた夜。  血飛沫が虚空に舞う。     そうあれは木枯らしが吹く初冬のことだった。  ヴァンパイヤ、新名信夫は誕生した。  
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