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白い壁、白いシーツ、白い肌、白い、朝の光。
ホテルの部屋は、一面の白で埋め尽くされていた。
外には雪さえ積もっている。
酷く冷えるわけだ。
隣で眠る男を見つめる。
長い睫毛、男にしては白い肌、栗色の細い髪、中性的な顔立ちは何処までも美しい。
テーブルの上に、無数に散らばる白いカプセル。
自分たちの弔い用に、ベッドに散りばめた白い薔薇の花。
酒と薬のせいで、ガンガン痛み、ぼうっとする頭で考える。
そうか、昨日はふたり、死のうとして。
薬も花も準備して、借りてた家も家具も持ち物も始末して、そうしてこのホテルに来たのだ。
トランクひとつで。遺書さえ書かずに。
ふたりで死ねば、怖くないね。
私が言うと、彼は珍しく柔らかい笑みを浮かべて、ああ、怖くないな。そう言った。
強気な彼なら、一人だって死ぬのなんか怖くない、そう言うと思ったのに、きっと彼は私に合わせたのだ。
普段そう言う気のつかいかたは、一切しない男だったのに。
隣の男に、そっと触れる。
身体はひんやりと冷えていた。
蒼ざめた唇に唇で触れてみる。
息をしていない。
ああ、そうか。
そういうことか。
私は不意に理解した。
私だけ、失敗したのだ。自殺は、彼だけ成功して、私だけ生き残ってしまったのだ。
優里。
隣で死体と成り果てた、彼の名前は優里。
私が世界で唯一、誰よりも愛した男。
同性でありながら、互いに惹かれ合い、愛し合った男。
置いていかれてしまった。私だけ。
栗色の髪に手を伸ばす。
さらり、と指通りのいい髪。
それも冷たい。
不思議と哀しみも焦りもない。
あの量で死ねないなら、もっと沢山、薬を飲めばいい。
冷たい死体のとなりに潜り込んで、冷たくなった身体を撫でる。
白い薔薇の似合う男。
美しい、最愛の男。
すぐに私も行くからね。
起き上がって錠剤をかき集める。二瓶目もあけて、飲めるだけ飲んだ。
天国だか、地獄だか、来世だかで、また会えたらいいね。
冷たい身体を抱きしめて、私は眠りに落ちた。
外ではまた、雪が降り始めたようだった。
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