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俺は母親が居るのとは反対側の口角を、僅かばかり上げる。
――イイザマ。
俺の心の声が聞こえたかのように、檜山が俺を見た。
目が合ったのは、一瞬。
だけどその一瞬で、彼とは何かが繋がった気がした。
すぐに俺から母親へと視線を戻した檜山は、何事もなかったように面談を続けた。
「ねぇ、先生。どうしてあの時、スカしたの?」
「あの時?」
突然の質問に、檜山は静かに俺を見返す。
無言だったのは、数秒。
小さく息を吐くと、やれやれと言うように机に左肘を付いてこめかみを支えた。
「質問してるのは、私の方が先なんだけどね。……お母さんのじゃなく、『君』の三者面談だったからだよ」
視線を机の上の内申書に落としたままの檜山に「さすが」と思う。
あれはもう、何ヶ月も前の話。
俺の今の言葉だけで、すぐに思い当たるなんて。
――あなたは知らないんだろうな。
あの時から彼は、俺の『特別』になった。
「あ、そ。先生への答えは、『教え方』の問題じゃない、だよ。人間には、得手、不得手ってあるだろ? 合う、合わない、とかさ。俺は英語が苦手なんだ。――どうしても合わない」
「合わないんです」
「え?」
檜山は肘を付いていない方の手で日誌を持って、ポン、と軽く俺の頭を叩いた。
「先生には敬語」
「えっ…、今更かよ」
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