5人が本棚に入れています
本棚に追加
江戸の、
八百八町の片隅の――。
そのまた端の、山界との境目に、「川瀬村」という小さな村があった。
「えいっ」
「たぁ!」
「いいぞ、竹丸。その調子だ」
村のはずれの小さな掘っ立て小屋に二人の男の姿がある。
一人はハナッたれの小僧、竹丸。生まれも育ちも川瀬村。両親はすでになく、祖父母の厄介になる身の上である。農作業の合間にこうして稽古をつけてもらうのが彼の唯一の楽しみであった。
もう一人は、一見して女と見まごうほどの端正な顔つきの男。名を、川瀬の無太郎。無太郎は、その格好こそみすぼらしいものの、整えられた眉に、見事に結い上げられた髷、ピンと伸びた背筋がその品格の良さを醸し出す。まごうことなき好青年といえた。
竹丸は子供用の小さな竹刀を振りながら問うた。
「ねぇ師匠?」
「む」「なんだ。竹丸」
「どうしてこの道場には、おいらしかいないの?」
「なっ!?」
無太郎はカッと目を見開いた。
確かに、小さなおんぼろ道場には門下生が竹丸しかない。それ故、無太郎の暮らしも貧相を極めるのも事実。
冷たいすき間風がホコリを巻き上げて吹きすさんだ。
「むぅうう……それはぁあ……」
無太郎はあごに手を当て、首をひねった。そしてもごもごと決まり悪そうに言う。
「それはぁ、アレじゃ。某が弱いから、じゃろうの」
「?」「……どうして?」
最初のコメントを投稿しよう!