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竹丸は竹刀を振るのをやめ、まん丸な目で無太郎を見る。
純真無垢な目で見つめられ、言葉に詰まったのは無太郎である。
「むぅ、どうしてと言われてものぅ……某の剣客としての腕がないとしか……」
「そうじゃなくて」
竹丸は無太郎の言葉を切って続けた。
「そうじゃなくて、どうしてみんな、師匠の強さを知らないの?」
「うむ?」
「おいら知ってるよ。じいちゃんが言ってた。師匠は江戸で有名な、それはそれは立派なお侍様だって。ん~……なんだっけ、そう一度刀を抜けば『てんかむそう』だって」
竹丸は「『てんかむそう』ってなんだ?」と首をひねる。
無太郎は眉を下げた。
「ぬはは……これは恥ずかしい……」
ぽりぽりと頭を掻く。「まぁ、それほどではないがの……」
事実、無太郎はこの純朴な瞳をどう躱したものか、困り果てていた。
人には誰しも、隠しておきたい過去が少なからずあるものである。無太郎の過去も、そう言った類のものであった。
『親も無し、妻無し、子無し、板木無し、金も無けれど、死にたくも無し』
『無太郎』という名は全てを捨てたときに背負った――。
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