プロローグ

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プロローグ

「ジリリーン」  頭上から列車の発車を知らせるベルが鳴り響いて来た。 「やべえ、乗り遅れる」  咄嗟にそう思ったオレは慌てて地下鉄ホームへの階段を駆け下りた。  その時だった。 「やだー、痴漢・・・」  そんな声が背後から聞こえて、オレは反射的に振り向いた。急に振り返ったせいだろうか、それとも、その女が魅力的だったせいだろうか。オレはバランスを失って階段を踏み外した。オレの身体はオレの意思に逆らって宙を舞った。  溺れる者は藁をも掴み、落ち行く者は宙をも掴む。  人は不思議と無駄とわかっていても、最期に悪あがきをするもんだ。このオレも例外ではなかった。例外だったのは、宙を掴むオレの手の方向にさっきの女がいたことだった。  そう、女は嬉しそうにオレに向かって手を振っていたのだ。胸のはだけた真っ赤なドレスを着た水商売風の女だった。まてよ、何でこんな所にあんな格好の女がいるんだ。  それが最期に見たモノ、それが最期に考えたこと。まあ、本当にそれが最期になるとはその時は思わなったのではあるが・・・。
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