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得物は針だ。手の平大の、細いが丈夫な針。それを首の後ろの急所に埋めこむだけで、血の一滴も流すことなく仕事は終わる。背後に接近しなければならない苦労はあるが、血しぶきで現場を汚す刃物よりずっと扱いやすい。
だから目の前でくずおれた老人は、まるで単なる気絶のようにも見えた。細さのせいかあまり体重を感じさせない音とともに、ことりと床に横たわる。
彼は無感情にその男を一瞥した。その瞳は美しいと評するに足る碧さだが、まるで人形のように乾いていた。短い髪は暗闇の中でも目立つ金色で、こんな稼業には不向きだったが、それが原因で不利になったことは一度もない。華奢で伸びやかな四肢はいまだ成長期であることを示していたが、彼はすでに長い間この世界に身を置いていた。
全身を包む黒衣に負けないほど暗い目で、標的の老人を見つめる。ぼさぼさの白髪頭に、裾が擦り切れ薄汚れた長衣。隠者のごとき暮らしぶりが見て取れる貧相な様相は、命を狙われる重要人物とは程遠い。だがこれが間違った暗殺ではないことは確信していた。彼が属する組織が老人を殺そうとするに足る理由があった。
(終わった)
彼は手に持っていた針を懐にしまい、その場を後にした。老人ひとりが住むには大きすぎる洋館だ。だが事前の調べで目的の品物の在り処には見当がついていた。彼は明かりもないまま暗い廊下を歩いた。その金髪だけが闇に溶けこめず淡く光る。
(終わった。もう考えるな)
幼い頃に覚えた心を殺す呪文を何度も唱える。これは単なる仕事だ。パン屋がパンを作るのと同じなのだ。だから是非もない。そう自分に言い聞かせる。
そうしているうちに彼は目当ての部屋にたどり着き、扉を開けた。暗闇に慣れた視界に光が差し、わずかに目を細める。
中央の小さな円卓に置かれていたのは、淡く光る石だった。彼は無造作に手に取り、眼前にかざす。一見光っているように見えるが、正しくは光のような色合いの宝石――異国の食前酒を彷彿とさせる琥珀色のトパーズだ。滅多に手に入らない希少な宝石だが、この屋敷の主人が持つそれはより特別な代物であるため、彼が属する組織では〈皇帝の宝石〉と呼んでいた。
これを持ち帰れば任務は終わる。こんなところに長居は無用だ。宝石を懐にしまい、さっさと脱出すべきだ。
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