一章 太陽の大君

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一章 太陽の大君

1441年とは、義教の時代ともいうべき永享の年号が終わり、嘉吉に改元された年であり、この時期、幕府権力に反抗した結城氏との戦い(結城合戦)というものがあり、それがようやく終わったのが、ミサトが伺候するひと月前であった。 表座所にて関東からの戦況報告に目を通していた義教は、 「そういえば、過ぎる先代様(四代義持)の頃、琉球からの使者が来たと聞いたが、それは、一人は彼の地の巫女、もう一人が、そう先代様の知己でもあった鎌倉武士であったと聞く。なんでも、彼の地に渡って、地頭となりたる者とか」 と実兄の義持から聞いた話を思い返していた。 「たしか一休が、そのとき立ち会っていたはずだが」 そこへ政所執事の蜷川新右衛門が入ってきた。 すでに老境であったが、先代以来の幕府官僚として、よく義教を補佐している。 「爺は先代様の時代に来た琉球の使者をよく存じておるか?」 義教の問いに、新右衛門は相好を崩し、 「覚えております。応永21年(1414)のことでした。そのとき参りましたのが、護佐丸なる武士とティルルなる巫女でありましてな、セジアラトミ号なる大船にて堺港まで着けましてな」 と答えた。 「その使者はすぐ帰ったのか?」 「はい。その年の冬にうちに堺より船出致しましてございます」 「冬?わしは船事には暗いが、南海には秋に発つと聞いたぞ」 「はあ、それが外交規律とやらで、すぐに戻らねばということで、翌年の2月には、無事、戻りましたそうで」 「帰り着いたことを知っているとは、その後の消息も知っておるのか?」 「はい。実は、護佐丸とは古い知己でありましてな。今でも便りを交わしておりまする」 「であれば、今、その者たちがどうしているか分かるであろう」 「はい。護佐丸は、今、彼の地の管領のような立場にあり、地頭というよりは、大大名といいったところでありましてな」 「フーム。どうも彼の地には、それなりの武力がありそうだな。島津が切り取りできるような島ではないな」 「武力がどうかは知りませぬが、明との交易で莫大な富を得ておりますようで」 「明は、わが国の海賊(倭寇)に嫌気がさして、海を閉ざしていると聞くが、その明と交易しているというのが島津が目をつけた所以か。で、その琉球の巫女はどうしている」 「それは」 と新右衛門が答えようとしたとき、ミサトが入ってきた。 「今は首里大君をされておられます」
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