帰郷ののち

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 母の遣いを急いで済ませ腕時計を伺うと、すでに午後5時前だった。当初の約束は午後4時であり、30分の延期を申し出ていたので、もう充分に遅刻だ。今から家を出て電車を乗り継げば夜よりも早い夕方には集合場所へきっと辿り着く。玄関先でブーツを履き、時刻表をめくる。目を凝らし腕時計と時刻表を行き来するが、当然だけど、時刻表の数字が変わることも便が増えることはない。 「よか電車がなかよー」  これだから田舎は。どうして電車が一時間に一本しかないんだ。最寄り駅では少し前に電車が発車したばかりで、次の便まで一時間は待たなくてはいけない。愚痴を吐き捨てたくなるのをグッと堪える。そんな私の様子を察したのか、廊下から母の声が聞こえた。 「電車なかでしょ。母さん車で送ろっと?」 「よか!」  考えるよりも先に声が出ていた。久々に会う人に、母に車で送迎される姿を見せられるものか。いい歳した女性が男との待ち合わせに母親と現れてみろ。ドン引きされるのが落ちだ。ドタキャンする方がまだマシって話。 「でもあーたどうやって来っとよ?」 「そぎゃんはなんとかしよっとよ」 「なんとかってなんよ」 「…………」  確かに母の言う通りで、返す言葉がなかった。どうしようもないものはどうしようもないのだ。所在なく、昨晩入念にブラッシングした黒のブーツを見下ろす。あてのないタクシーを探しながら田舎道を走っていくか、それとも電車を待ったほうが結局早いか。思案しているとパンと手を打つ音がした。顔を上げると母が妙案ここに在りと笑みを浮かべている。 「そんなら隣町まで送るんはどーかいね。あん駅は大きか、本数も多かろうよ」  言われて、携帯で隣町の駅の時刻表を調べる。5時過ぎに電車が一本ある。今から車を飛ばせば、間に合うかもしれない。 「ばってん……」母の提案を一度断った手前、容易に頷くことができなかった。 「なーにぶすくれとらす。もともとは母さんの用事で遅れとるけん、はよ車で来るよ」  まるでスーパーの買い物袋でも押し込むように母は私の背を押して助手席に詰め込み、自分は運転席に回ってエンジンを起動させた。 「飛ばすけんシートベルトしっかりね」  言うやいなや体がシートに押し付けられ、手探りでシートベルトを掴み装着する。車はスイスイと加速し、あっという間に自宅はバックミラーでも見えないほど小さくなっていた。
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