帰郷ののち

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 駅の構内へ駆け込むと狙いの電車がちょうど滑り込んできたところで、息も切れ切れに飛び込んだ。目的の電車に乗り込めたことで安心し、すっかり遅刻の連絡を忘れていたことを思い出した。改めて携帯で到着時刻を調べる。到着はどうも6時前になるようで、母の送迎からも離れたので一本連絡を入れておこうと思い、2つしかない車両を見渡してみる。人は前方の車両に集中していたので、電車内のマナーがあることは知りつつも後方車両の最後尾で電話をかけることにした。さんざ集合時間を遅らせながら、未だ連絡することなく電車に乗っているのだから、到着時間くらい直接伝える必要があると感じた。  最近は(誰に対してもだが)もっぱらLINEでのやりとりだったため、昔の電話番号が今も生きているのか分からなかったが、携帯の電話帳から名前を検索し電話番号を表示させる。いざ画面に指をかけるが、コールボタンを押す手がどうしようもなく震えた。ただ電話をするだけなのに。横目に座席の腰掛ける2人の高校生が見える。男の子と女の子が1人ずつ、隣り合って近付き過ぎずかといって離れ過ぎもしない絶妙な距離で話をしている。私だってあんな風に気軽に話しかけていたのに、歳を重ねるとできないことが増えてしまうんだな。若いって羨ましい。でもこっちだって無駄に歳取った訳じゃないんだ、自分を偽る方法なんていくらでも学んできた。  敵でも何でもない若者に闘争心を燃やして精神武装も充分に、えいやと電話をかける。プルプルプルとコール音がしてひとまず電話が繋がったことにひどく安心した。それから番号の変更を教えてもらっていない孤独な女が存在しなかったことに、一層ホッとした。  幾度かの呼び出し音の後、耳元に騒音が流れ込んできた。 「もしもし、私だけど」 「××××××××、×××××××」 「えっ、ごめん。全然聞こえない」 「×××××」  こちらの声が向こうに届いているのかどうかすら怪しいほどの爆音が、会話相手の音量を無いものにしている。 「もっと大きな声で喋ってもらえる?」自然、私の声量も大きくなる。
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