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「だから言ったじゃないですか! あんな寒い日にずっと公園にいるなんて!」  裕美が杉浦の額のタオルを替えてくれた。杉浦は目をしばたたかせて嫁を見上げた。 「すまんな、迷惑かけて」 「そうですよ、ちょっとは気をつけてください!」 「わかったよ」 「……もう……お義父さんらしくないじゃないですか。いつもみたいになんだうるさいって言い返してくださいよ、張り合いがないじゃないですか」  嫁の言葉に杉浦は軽く笑った。彼女が部屋から出て行った後、廊下の方で孫たちとの会話が聞こえてきた。 「おじいちゃん、病気?」 「びょーき?」 「そうよ、だから静かにしてね」  しいっと裕美がたしなめる声が聞こえる。 「おじいちゃん、元気になる?」 「もちろんよぉ。今日はおじいちゃんの好きな煮魚にするからね。あまーい、お醤油の」 「うん!」  パタパタと廊下を走る小さな足音。杉浦はそれを目を閉じて聞いていたが、やがてそっと起き上がった。  公園のベンチで。  杉浦は杖にすがるようにして座っていた。 (女房の若い頃……親友の妹……中学の時のあの娘……ちがう、ちがう、そうじゃない)  杉浦の幻想の中にたくさんの女の姿があった。それはどれもあの白いコートの女のようにも見え、また違っている。 (職場でチョコレートをくれた部下……いきつけのクラブのママ……いつも電車で見るOL……小学校の先生……)  たくさんの女性。人生の中で出会った彼の女たち。 (……ああ……そうか……) 幻想の中の一番奥。懐かしい匂い、優しい体温、大事な……大切な人─── その女は両手を広げ杉浦に向かって微笑んだ。  ───「なおとちゃん」  杉浦は目を開けた。目の前に白いコートの女が立っている。彼女は手を広げ、杉浦に向かって微笑みかけた。 「……おかあちゃん……」
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