Chapter1

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「あ、及川(おいかわ)さん!」 定時きっかりに仕事を終えて、やや慌て気味にフロアを出た私を、背後から平野(ひらの)主任の声が呼び止めた。 なんだよ急いでるのに! 心の中で舌打ちしながら振り向けば、ほどよく日焼けした整った顔に、やたら爽やかな笑みを浮かべている男の姿が目の前にあった。 今年で三十路だと騒いでいた彼は、外見だけならなかなかの好青年だ。 ただ、肝心の中身が非常によろしくない。 「なんですかー?」 このあと予定があって急いでいる私は、笑顔を作りつつも少々乱暴な返事を返した。 「いや、一緒に飯でもどうかと」 「すいません、今日は約束があるんです」 「あ、待ってよ」 被せ気味に即答して歩き出そうとする私に、彼は尚も絡んでくる。 「じゃあ、いつなら空いてるの?」 そこそこハンサムなこの上司は、大変な女好きで有名なのだ。 やたら手が早いとか、三股四股とか、彼に遊ばれて泣いた女性社員が沢山いるとか、チャラい噂が絶えない。 あくまで噂だけれど、火のないところに煙は立たない。 そんな彼の矛先が、最近どうやら私に向いているらしいのだ。 全くもって迷惑な話だ。
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