缶コーヒーと側道橋

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缶コーヒーと側道橋

「不香の花 「缶コーヒーと側道橋」」 高一の夏頃、夏休み中に たいそう暇だった為、お小遣い稼ぎに 家の近くにある 小さな個人の喫茶店でアルバイトを始めた。 両親に訊くと生まれる前からあるそうで 家族諸々、一度も行ったことはないが、 存在は知っていた、という。 存在は知っていた、なんて言われると ほとんど神隠し的な扱いをと思うが、 働き初めてわかったのは、 かなり常連さんで賑わっており、 新規で来られる方が入りづらいという点が このお店の客不足に 繋がっているのかもしれない。 でも実際、毎月お店は黒字をキープしており、 人柄の良い店長とその奥さんは 商売よりも楽しくやる事を 目的としているそうで、 新規のお客様を呼びたいという 気持ちはそんなにないようだった。 アルバイトの身としては 時給は変わらないので 新規のお客様を 呼びやすくしないのは正直嬉しかった。 年季を感じさせる木造の店内、 年配の方が多いお客様方と 香るコーヒーの匂い。 そんな雰囲気が好きで、 バイト終わりに貰える コーヒーを飲みながら 家に帰るという1日のサイクルが好きだった。 もうバイトを始めてから1年は通り過ぎ、 高二の冬を迎えていた。 学校の授業はあんまり面白くないけれど バイト先での時間、その帰り道が 何より人生の支えだった。 受験生としての時期が近づいてきて 就職をするのか、進学するのか、 そんな不安定な思いが交錯しあって 一日一日が怖く、切ないものになっていく。 そんな下がる想いを コーヒーで流して一旦忘れる。 そんな生き方をしていた。 今日もバイトを終えた私は、 初めてお店のコーヒーを断って 近くの自動販売機で 白いパッケージの缶コーヒーを買った。 お店のコーヒーは香りも味も良く、 飲んでも飽きないといえるほど好きだった、 でも今日は、缶コーヒーの プルタブを開けるあの独特の音と そんな音を楽しむ 自分に酔っていたいような日だった。 冬が始まったばかりとはいえ かなりの温度の低さで、 温かいコーヒーをカイロのように扱った後、 一気に体に流し込む。 この温かさは何物にも代え難いなと アルコールもないのに酔っているようで そんな自分に少し笑った。 バイト先から自宅への帰り道には 途中で小さい神社と 2台のブランコしかない公園があり、 それを過ぎれば側道橋を渡り、 少し歩けば自宅に辿り着く。 こんな寒さの中だから、 早く家に帰りたいという気持ちもあるが 生憎、今日は自分に酔っていたい日だった。 寒い中、わざと寒い状況に身を投げ、 その寒さの中でコーヒーを煽る。 そんな自分に。 橋の下には大きな川があって その横の芝生には小さなベンチと 殆どが売り切れの自動販売機があった。 橋の上からベンチが あるのは知っていたんだけれど、 橋にちょうど隠れている 自動販売機があるのは気付いていなかった。 灯台下暗しとはこの事で、 橋の下も灯台みたいな物、だと勝手に解釈し まだ少し残っていたが、唯一売れ残っていた 缶コーヒーをまた落とした。 するとこれが最後の一本だったそうで、 心の中で「ビンゴ!!」と叫んでいた 気がするが、考えていなかったという 後付けで誤魔化した。 そして 両手に缶コーヒーを持った状態で ベンチに向かおうとすると、 そのベンチには、 1人の女性が座っていた。 白く綺麗な肌に 黒髪が良く似合うロングヘアー。 黒いコートと赤いマフラーで包まれた彼女は、目を逸らしてしまうほどに綺麗だった。 「隣、良いですか?」 恐れ多くも声をかけると、 「はい、喜んで」 という風に、優しい応えを頂いた。 人一人分スペースを空けて横に座ると ベンチの冷たさに声を漏らしそうになったが、 咳払いでなんとか誤魔化せたような気がする。 女性は僕が座ると 幾分がしたところで 荷物を置いたまま立ち上がり、 「飲み物を買ってくるので 荷物をお願いしても良いですか?」 と、さっきの自販機を指差しながら 静寂の中で微笑んだ。 「あ、あの自動販売機、 このコーヒーで全部 売り切れてしまったんですよ、 これで良ければ飲まれますか?」 ちゃんと敬語が使えていたか不安だけど 多分そんな感じで大丈夫と押し殺し、 右手のコーヒーを差し出す。 隣に座ってから緊張していたのか、 運良くまだプルタブは開けておらず、 少しカイロとして使った以外は 殆ど新品状態だったといえる…… 「え、良いんですか? せっかく買われたのに」 「はい、良いですよ」 と言いながらコーヒーを渡す。 「ちょっと冷えててすみません」 「いえいえ、全然です、 ありがとうございます、 あ、お金お渡ししますね、」 「あ、お金は良いですよ、全然」 こんな綺麗な人と 少しお話できている時点で、 とっくに120円以上頂いている。 そんな状況下で 更に金銭を要求なんて出来ない…… 「あ、ありがとうございます、 あそこの自動販売機、やっと飲み物 全部無くなったんですね」 「良く来られていたんですか?」 「はい、たまにですけど、 あそこの自動販売機、 誰も買っているのを見ないのに、 殆ど売り切れなんですよね」 「面白いですね」 と、自販機から世間話に始まり、 かなりの時間話せたような気がした。 どれくらいが経過した頃だっただろうか、 唐突にアルコールが回った様に目眩がし、 次に目を開けた時には自宅のベッドだった。 起きてから両親に話を聞くと、 バイトが終わって いつも通りお店のコーヒーを飲みながら すぐに帰宅してきたと告げられた。 たしかに、お店のテイクアウトの 時に使われるプラスチック製の 容器が部屋にはあった。 全て夢だったのだろうか。 そんなあやふやな考えも、 受験期突入と共に あやふやさをあやふやさで隠された。 結局、進学はせず 実家から近い中小企業に適当に就職した為 人生に対して面白みも何もなく 適当に仕事をし適当に過ごす日々だった。 高校生の頃、友人と出かけたり バイトをしていたあの時期が何より 楽しかったんだろうと思った。 何もかも忘れ失われた過去という日々。 「後悔とは昔を悔やむ事じゃなくて 今を認めない事なんですよ」 そんな言葉を誰かから言われた気がする。 今日は久々に会社の同僚と呑みに行く話で、 何軒か居酒屋をハシゴし、もたつく足で 自宅へと帰宅していた。 呑む事自体が久々で、周りを注意しながら 不審者の様な風貌で歩いていると 道路脇、公園のブランコに目を奪われた。 酔いが回っている状態で 確立する様にそれを捉えていく。 そのブランコには、 1人の女性が座っていた。 白く綺麗な肌に 黒髪が良く似合うロングヘアー。 黒いコートと赤いマフラーで包まれた彼女は、目を逸らせないほどに綺麗だった。 彼女もこちらに 気づいた様で、 私の目を見て微笑みながら言う。 「今日も、アルコール、 飲まれているんですか?」 目を閉じて答える。 「ええ、今日は特に飲んでますね、 それもあなたと会える程、自分にね」 続けて、その笑顔に答える様に僕は言う。 「あなたの隣に居させて下さい」 彼女は笑顔を閉ざさず答える。 「はい、喜んで」 そういえばもう冬が来ていた。 仕事の忙しさで四季なんてものは 気にする暇もなく、暑い、寒い、でしか 判別していなかった。 帰り道、側道橋を一緒に渡ると彼女は言う。 「甘酒、美味しかったですか?」
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