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火傷をして手指がひらかなくなったと本人は言っていたらしいが、ほんとのところはわからない。とにかく、パソコンが打てなくなって業務に支障をきたし、仕事中にもひんぱんに倒れた鬼嶋さんは、病気療養のため職場を去った。
私はホッとして、また恋人橋を通勤の往復に使いだした。
鬼嶋さんの姿を見かけなくなって油断していたのだと思う。
年末の寒い日に、私は年内最後の出社を終えて、十時すぎに家路についた。どうしても長期休暇に入る前に片づけておかないといけない仕事があったので、遅くなってしまった。
橋の中央まで来たとき、鉄骨のかげから、いきなり女がとびだしてきた。異様な風体だが、鬼嶋さんだということは、すぐにわかった。
全身のいたるところに包帯をしている。
頭部も眼帯で片目をかくしていた。髪のあいだに見えかくれする左耳は半分、欠損していた。
そして、包帯を巻いた両手は、にぎりこぶしをしたように小さい。まるで、手指が一本も残っていないかのように……。
その両手をつきだして、鬼嶋さんは叫んだ。
「いったい、いつまで私を待たせる気? こんなに捧げたのに! いいかげんにしてよ! 好きだって言って。わたしと結婚してくださいって言ってよ!」
なさけない話だが、私は腰をぬかした。
ウソだろ? 何がどうなってるんだ?
なんで、おれに?
この女、正気じゃない!
そんな混乱した思いが、いっきに吹きあげてくる。
無意識に私は言い返していた。
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