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第2話
「初めまして。本日、お隣に越してきました、高柳と言います。これ、つまらないものですけれど、よろしければどうぞ」
数えて何代目か不明な新居となった、六畳一間のボロアパートに引っ越したその翌日。
一人のお兄さんがわが家のチャイムを鳴らした。
自分達が越して来た次の日に、隣に越して来るというミラクルを起こした彼は、そのさわやかな笑顔と物腰により、すぐに母さんに気に入られた。
のちに、私の好みじゃないけど、あれはいい男だわぁ~、と母さんがニヤニヤしながら言っていた。だろうね。母さんの好みは、いつだってクズ男かヒモになる男ばっかだし。
が、しかし。
この時の自分は、にこやかに話す大人組をよそに、別のことを考えていた。目の前の彼からただよってくる『におい』のことだ。
それは、『さくらんぼ』だった。とても濃い、顔をしかめてしまいそうな程の量の、さくらんぼのにおい。香りというには完全に度を越していた。
母さんはこれが気にならないのだろうかと、その顔を見上げてみたが、変わらずに、ニコニコと彼と話していた。
それがどうにも納得出来ずに、思わず唇をつき出していると、お兄さんがそれに気付いたらしく、声をかけてきた。
「ん? どうかしたのかい? 『僕』」
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