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玄関に近づくと、薔薇の手入れをしていた老人が薔子に気付いた。迷彩柄の作業服に身を包み、よく日焼けして赤銅色の肌、身長は高くは無いが細身の筋肉質の体型だ。白髪交じりの短髪、見るからに気の良いおじいちゃん、という感じだ。だが、落ち着いた焦げ茶色の瞳は強い意志の光と、思慮深さと誠実さの深みを秘めている。慌てて立ち上がると足早に彼女に近づいた。
「薔子嬢様、お帰りなさいませ」
彼は被っていた野球帽を取ると、にこやかに声をかけた。
「ただ今、寺本さん。いつも気付くのは寺本さんだけよ」
薔子も嬉しそうに答える。彼女も笑顔になるのか、とクラスメイトが見たら驚くに違いない。
「また、今日も気配を消してお帰りに」
彼は親しげに話し掛ける。
「ええ。モブキャラな上に喪女の心得よ」
「えーと、脇役その他大勢にモテない地味な女の子、でしたかね?」
「まぁ、そんなとこ。だから目立たないよう、邪魔にならないように気配を消して歩くの。メイドさんたちも仕事沢山あるからね。モブキャラ喪女の相手は時間の無駄だろうしね」
「毎回そうおっしゃいますが、私には薔子嬢が遠慮し過ぎなようにしか思えませぬ」
「はははは、ありがと。そんな風に言ってくれるの、寺本しかいないから嬉しいわ」
「周りの見る目が無さ過ぎる……」
彼は嘆かわしいと言うように肩をすくめた。二人のいつもの会話だ。彼は寺本俊史70歳。武永家専属庭師として30年のベテランである。
「後で薔子ハウスに行くわ」
と告げると、
「承知致しました、ごゆっくり」
彼は丁寧に頭を下げた。薔子ハウス、彼女専用の温室花園の事を示す。
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