1/1
前へ
/12ページ
次へ

私には何もない。 普通の人が普通に持っている記憶が、日々を追うごとに消えてゆく。 そして、ただ、白い空虚な自分が存在するだけ。 思い出せないのだ。 私にもある筈の名前、家族、住まい、友達、趣味、仕事。 全てを忘れてしまった。 それが、例え病気のせいだとしても。 辛い、という言葉の形容の仕方も分からない。 悲しい、という感情もよく分からない。 ただ、淋しい、という感情だけは少し残っていた。 私は、若年性アルツハイマー症という病いに侵されているらしい、という事もよく分からない。その病気は、難し過ぎて分からない。 私は目覚める度に、私の頭の中に「記憶」というものが存在しないか確認してみるのだが、いつも少しの絶望を招くだけだった。そしてここは何処なのだろうという疑問からその日が始まる。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加