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八月の肌に絡みつくような蒸し暑さの中で、燃えるような太陽が少しづつ沈んでいく。 ここはどこだろう? 見知らぬ街の、見知らぬ公園のベンチ。 私は何故ここにいるのだろうか。 傍らには、ブランコがふたつと、すべり台。それと高さの違う鉄棒がひとつづつ、あるだけ。 ある日を境に私は少しづつ自分を忘れてゆく。何をしようとしていたのかが、思い出せない。 それはひとつの恐怖となって私を苛む。怖い、ここから逃げなきゃ。でも何処へ逃げればいいのだろう。 もう、それすらも思い出せない。 生きているのか、死んでしまったのか、私にはそれも分からない。 何かをしようとしていたのか、分からない。 ただ、そんなぼんやりとした、輪郭のない白い絵を見ているようだ。 私は公園のベンチに腰掛けて途方に暮れていた。 私は何処へ行けばいいんだろうか。 どんなに足掻いても、私の記憶はもう戻ってくる事など、有り得ないと言うのに。 その時、私はその手に何かを持っている事に気付き、視線を落とした。小さなメモだった。 それには、こんな文章が書かれていた。 「私の名前は、杉本悠花(すぎもとゆうか) 年令は36才、身長150cm、背中まで伸びた茶色がかった髪をひとつに束ねている。見た目は20代後半、どうしたらいいのか分からない時はここに電話下さい。悠花の夫で、杉本海斗(すぎもとかいと)という名前です」 携帯電話の番号が書いてある。所謂、迷子札のようなものだろう。 こんなものを持っているという事は、私は恐らく以前にも迷子になり、家族の誰かに大騒ぎされて、大捜索されたのちこれを持たされる羽目になったのだろう。
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