月下の氷柱

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今日は待ちに待った日。 初めて彼女と外出する日。 予定を立ててからというもの、この日のために、どんな時も頑張れた。 今日を夢見て幸福さえ覚えた。 そして僕は今、真冬の早朝の凍てつく風に吹かれている。 ポツンと光るコンビニの隣にあるバス停で、凍えながら彼女を待っている。 向かいにある家の軒に垂れた氷柱が、静寂に包まれながら月光を受けて静かに輝いている。 時間と一生を共にするその姿は、僕の切なさをより引き立てた。 約束の時間が近づくに連れて、胸のなかで不思議な感情たちが暴れまわる。 喜び、緊張、不安が順番にー。 実感が湧かない。 目ははっきりと醒めているはずなのに、夢見心地でいる。 約束の時間が訪れた。 彼女はまだ現れない。 彼女は本当に来るのであろうか。 僕はやはり夢を見ているのではないか。 そんな疑問まで生じてくる。 でも、彼女のことを考えるだけで、そこから動くことは出来なくなってしまうのだ。 夢でもいい。この幸福が続くのなら。 ふと、夜空を見上げた。 そこには、ただ1つ独りぼっちの月がいるだけだった。 ー独りぼっちの僕と月ー なんだか可笑しくて、思わず笑ってしまった。 目の前に白い煙が広がった。遠くの山々が明るくなってきた。 氷柱も、水滴を垂らした。 そろそろ、どの家も朝食の支度を始めた頃だろう。 僕はふと我に返った。 ー彼女は来ないー 現実が、急に僕を襲う。 太陽が昇ると、僕の1日が終わってしまうように思われた。 思わず僕は頭を垂れた。 ため息をつく。また目の前が真っ白になる。 「待たせちゃって、ごめんね」 その声を聞いた途端、ほとんど反射的に僕は悴んで真っ赤になった顔を上げた。 そこには、今にも泣きそうな彼女の顔があった。 僕は自然に、微笑んだ。 「今日は楽しみだね」 彼女もまた、微笑みを浮かべて大きく頷いた。 僕はもう、さっきまでの時間のことは忘れていた。 バス停の前で寄り添う、僕と彼女。 この空間、そしてこれからの時間ー今日という日は完全に僕と彼女だけが所有するものとして完成されたように思えた。 それは外界と、そして幸福以外の何物からも完全に隔離された孤島だった。 周囲に広がる孤島に、僕はただ幸福を感じた。 世界は、幸福に支配された。 氷柱は真下に場所を変え、小さな水溜りになった。 その水面は、小さいながらも陽光を反射し、周囲に灯をともすのであった。
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