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女将さんはピシャリと襖を閉めた。階段を下りる足音が遠ざかる。
拭った涙と共に、何かが吹っ切れた気がした。
「若紫」の本に視線を落とす。
彼女に憧れ、彼女に自分を重ねることはもう、ないのだ。
私に残された道は、花魁の名に恥じぬよう、誇り高く生きていくことしかない。井の中の蛙とも言えるかもしれないけど、誰よりも立派で、美しい蛙になるのだ。どうせ、井戸の外を知ることなどないのだから。
その時、また階段の方から足音がした。
「紫陽花姐さん、入りんす」
牡丹の声だった。和之助さんを見送りに行ったから、戻ってきたということは、とうとう和之助さんは吉原を後にしてしまったのだとわかる。
しかし、開いた襖の向こうにいたのは、牡丹だけではなかった。
「やはり、お藤さん…なんですね?」
先ほどとは、打って変わったような温かい眼差しで、和之助さんが私を見ていた。
「どうして、その名前を…?」
動揺して、里言葉で話すことも忘れてしまった。
「こちらの禿さんから伺いました」
牡丹がすすっと私に近づいてきて、耳打ちした。
「昔の名前はお藤様というのではないですかと聞かれたでありんす。姐さんのお知り合いかと思いんして、あいと答えんした。ごめんなんし」
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