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襖が閉まるのを確認すると、私はすぐさま箱の元へ駆け寄った。蓋を開けて「若紫」を手に取ると、破いてしまおうと力を込める。
でも、できなかった。
「うっ…くっ……」
なんて不甲斐ないのだ。
なんという体たらくなのだ。
十年間、ずっとずっとこの時を待ち望んでたというのに。
でも、これでよかったのだ。
あの人は別世界の人。
元より、どうなるということもないのだから。
随分と、長い間泣いていた気がした。でも、それはそんなに長い時間ではなかったらしい。階段を上る足音がして、襖が勢いよく開くと、女将さんが仁王立ちしていた。
「紫陽花!どういう了見だい!あのお客さん、お代はいらないって言われたなんて言ってるよ!」
私は涙を懐紙で拭うと、女将さんを見て毅然と答えた。
「そうでありんす。あちきのわがままで来てもらいんしたのに、あちきのわがままで帰ってもらいんすから」
「なんだってそんなことを……!」
「お許しなんし。この分を取り戻すまでは、お客のえり好みはしないと約束しんす」
女将さんは、ひどく驚いたような顔をした。
今まで選り好みばかりしてきた私がこんなことを言うのだから、ただ事ではない。
思えば、和之助さんがここに現れてから、ただ事でないことばかりなのだけど。
「言ったね?約束は守ってもらうよ!」
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