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第1章
プロローグ
手を握る感触。おぶさる感触。腹痛の時にお腹を撫でてもらう感触。そんな親の手の平や、広い背中を、一体どれだけの人間が大人になっても覚えているのだろう。覚えている人もいれば覚えていない人もいる。単純に知らない人間もいる。それが自分だ。
男は何も知らなかった。無知は敗北感を生んだ。敗北感は世の中への敵意となり、敵意はやがて自分への賞賛と成った。そしてついには、人生の答えを導き出すに至った。
自分は奴らとは違う。奴らは一人では生きていけない。一人で生きていけないことを当たり前だと思っている世の中はクソだ。奴らは脆弱だ。男はそう思っていた。
男は花屋の脇の自動販売機で缶コーヒーを買うと、それを無造作に口に含み、甘苦い風味を口の中にこすりつけるように舌でかき回しながら、ゆっくりと飲み込んだ。
またすぐに二口目にいこうとした時、花屋のシャッターがその身をきしませながら、舞台の開幕のようにゆっくりと上がっていった。
そして店の中から従業員の女が出てくると、花の咲いた鉢植えを店頭に並べ始めた。
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