ここから、これから

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翔太の『事務所』は街中のマンションで、杏樹の住んでいた場所からは、のんびり20分も歩けば行ける距離だった。 「私たち…こんなに…近くにいたんですね」 あまり生活感のない、よく片付いた部屋。 大きな机。 本棚がずらりと並び、色んな本がたくさんあった。 「凄い… 翔太さんが…あの…『桐谷ショータ』だったなんて…」 昨年公開された映画の『恋する遺体』なら、杏樹だって知っていた。 その原作者が翔太だったことに、杏樹は信じられない思いだ。 「…あの映画… 最後、泣きました… すっごく悲しくて…」 「そう…」 翔太は柔らかく微笑む。 「すべての謎が解けた時、主人公の紗也の思いが溢れてて…」 「…うん」 「思いが人に伝わって、 …感動して、悲しくて、なんで死んじゃうんだろうって泣いてーー」 「うん」 ウルっと思い出して涙を浮かべそうになる杏樹に、翔太は困ったように笑う。 「杏樹」 「翔太さん、すごいです」 「…すごくない。 誰にだって描ける」 「そんな」 「皆が持っている感情だから…」 翔太の手がすっと伸びて、杏樹の目元に優しく触れた。 「まあ…ここが、俺の『仕事部屋』なんだ」 杏樹は頷いた。 「俺は、我がままだから、気ままに自分のペースでしか書かないけど。 …じゃ、行こうか」 それから2人は翔太の車であの家に向かった。 ーーーーー ほんの数か月なのに とても懐かしい、翔太との家。 やっぱり山深い、人里離れた家。 雪がちらついて、山には少し積もっていた。 「寒…」 「ほんと」 鍵を開けて中に入る。 家の中、どこを見ても 翔太と、真広との記憶が蘇るようでーー 杏樹は泣きそうになる。 「…懐かしい、です」 暖房を入れる翔太を、杏樹はじっと見つめる。 「…そうだな」 翔太は少し悲しそうに杏樹を見た。 「…」 翔太の思いが分かって、杏樹は微笑んだ。 「大丈夫です… ここで、翔太さんを…好きになったんです」 「…俺も ここで、どうしようもなく 杏樹を好きになった…」 翔太が立ち上がる。 ストーブに火が入って、部屋が少しずつ暖まる。 「…過去は消せない」 翔太が杏樹の前に立った。 「本当に、俺でいいのか」 自分に問うようでもある、翔太の声。 その瞳がゆらゆら揺れる。 杏樹は微笑んだ。 「翔太さんが、いいんです」
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