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「あれ?これ、オリジナルキー…?」
お正月明けの初出勤日。
セリザワ探偵事務所で芹澤所長が怪訝な顔をした。
「オリジナルキー…?」
あの日、翔太が使った鍵は、マンションの『オリジナルキー』で、本来事務所で保管されていたらしい。
お休みの間に荷物の運び出しの準備や大掃除も済ませた杏樹は、年末年始の報告をして、翔太から預かった鍵を所長に返したところだった。
芹澤所長はちょっと考えると、察しがついたようで、ふ、と息を吐いた。
「…いや。
そうか、杏樹ちゃん、元の家に…旦那さんのことに、帰るんだね」
芹澤所長は細い目をさらに細くして、ニコッと笑った。
「はい。ご心配おかけしました。
仕事は、できればこれからも、続けさせてほしいと思ってます」
「勿論だ。
これからも頼むよ」
「ありがとうございます…!」
ニコッと笑った杏樹が、ペコっと頭を下げて戻って行く。
その後姿を見つめながら芹澤は呟いた。
「魔法使いは…真広か…」
微笑んで、軽く首を振った芹澤は、鍵をチャランと握ると、金庫に向かった。
出勤してーー当たり前だけど、真広がそこにいなくて
杏樹はやっぱり切なくなる。
給湯室には真広のカップが残っている。
お茶を淹れる度にそれを
一旦出してしまって、ああ、いないんだ…と思っては戻す。
「お!ほら、繋がった!」
「おーい…!元気か?」
ざわざわと騒がしい事務所に、お盆に皆のお茶を載せた杏樹が入る。
「あ、杏樹ちゃん、ほらこっち」
杏樹の手からお盆を取ると、山田さんが杏樹をパソコンの前に促した。
「真広だよ」
「…っ」
パソコン画面いっぱいに、大きく映る真広。
『あー、杏樹だ』
「っ…真広…」
『よかった、元気そうだな』
ニコッと笑う真広の眉のところに、小さな絆創膏が貼ってあった。
『10日ぶりかな?俺がいなくてさびしーだろー』
「…うん。突然行っちゃうし…
ビックリしたよ。
真広?なんでマスクしてるの?
…眉のとこ、怪我した?」
真広が翔太に口止めしたから、杏樹はあの夜のことを知らなかった。
画面の向こう、真広は指で絆創膏をピンと弾く。
『風邪気味。あと、これはちょっと切っただけ。
まー、生きてさえいれば、そのうち治る』
「そっか…気を付けてね…顔が見られてよかった」
『おー。いつでも惚れていいぞ』
「ふふ…」
ほんの少し、目尻に滲んだ涙は、瞬きで散らした。
「そっちは住みやすそう?」
『あーどうかな。いいんじゃない?
飯はうまいわ』
「…」
『まあ、2年で帰るけど…
ずっとこっちかもだし。
いつか遊びに来いよ!…翔太と』
「…うん…」
『じゃ、また。
会議とかも、これで参加するから』
「わかった…」
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