違和感

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その時、『魔王』の着信音が聞こえなくなり、代わりにどこからか低いバイブ音が聞こえた。 「ちっ・・・」 真広が舌打ちをし、ズボンの後ろポケットから携帯電話を出す。 画面を見るとあからさまなため息をつき、片手で杏樹を拘束したまま機嫌も悪そうに出る。 「…なんだ?」 『・・・・・・・・・』 「は?…なんで! ・・・お前が・・・!」 『・・・・・・・・・・・・・・・』 「はっ…勝手なヤツだな!」 ぼそぼそとわずかに聞こえる電話の向こう側の声は、男の人のようで。 声や内容までは、杏樹にはわからない。 イチかバチか、『助けて』と叫ぼうかと思った時。 杏樹の手の拘束は解けて、真広は杏樹の上から離れた。 杏樹は慌てて身を起こし、破れた布を掻き合わせて、真広から離れる。 「そうかよ、・・・わかったよ!!」 不機嫌なまま、真広は電話を切った。 真広は、しばらくは気持ちを整えているようで、何度か息を吐きだし、数歩歩いては止まり、髪をくしゃくしゃかき混ぜる。 杏樹がサッとソファの裏に逃げて、しゃがんで震えていると、真広はソファ越しに上から杏樹を見おろした。 目が合ってーー 杏樹は飛び上がりそうになる。 「…杏樹ちゃん、ごめん。 無理矢理して悪かった・・・ 君はちゃんと嫌がって断ったのにな・・・」 杏樹は怯えた目で、震えながら時々ちらりと真広を見ていた。 真広の目。 真広の気持ちが自分になくなって、杏樹は心底ほっとしていた。 「でも・・・ 次は…。 まあ、ーーまずは俺を好きにならせるよ」 杏樹は弾かれたように真広を見上げた。 「いつか、嫌がらない杏樹ちゃんをーー俺を欲しがる杏樹ちゃんを抱いてみせる。 俺はいい加減な男だけども、これだけは約束する。 君をおとす!・・・それまでは手を出さない。」 真広は自信満々に微笑んだ。 さっきまでのことが嘘のように、ニカッと爽やかにーー。 ーーそんなことーー結婚してるし、私が真広さんを好きになる日なんて、永遠に来るはずもないのに… それでもその『約束』に、杏樹はホッとしていた。 「…キスは解禁かな?」 杏樹は真っ赤になって首をブンブン振った。 手で大きくバツ印を作る。 「絶対ダメです・・・!」 真広は笑ってーー 「まあ、泣きたいときは胸を貸すよ」 そういうと、にこやかに じゃ、とさっさと帰っていった。 明日は、来ないからと告げてーー ーー…怖かった… ーー何かわからないけど、助かったーー 「っ…あ…痛・・・」 ずっと真広に掴まれていた杏樹の手首には、くっきりと指の痕があったーー紫色に内出血が出来てーー ズキリと痛む手首を、杏樹は氷で冷やした。
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