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子供の頃のお気に入りのおもちゃに、音の出る絵本があった。
指で触ると、その絵柄の名称を読み上げるものだ。
アニメのキャラクターとおしゃべりをしているような感覚が楽しくて、毎日遊んでいた。
ただ、一つだけ音がならないボタンがあった。
乱暴な使い方をしていたから、さもありなんと言うものだ。
小さい頃の私は躍起になってそのボタンを押したものだが、絵本はだんまりを決めたままだった。
その内、ついに飽きた私は部屋の片隅に絵本を放置したまま新しいおもちゃで遊ぶようになった。
時々思い出したように開いてみるが、その頃になると電池も切れそうになってきたのか、異様に低い声でゆっくりと音声が流れるようになっていた。
ある時私は、音が出ないだろうと思いながら、何故かあのボタンも押してみた。
案の定何も聞こえてはこなかった。
それを確認して絵本を閉じようとした。
その時の事だった。
チカチカと赤いランプが(これは音が流れるときに光るものだった)点滅した。
そっと絵本を耳に押し当てると、何か長い言葉をもそもそと話している。
音量調節のツマミをいじってボリュームをあげると、確かに人の声で何か言っている。
キャラクターの声ではなかった。
「ゆぷて、ゆぷって」
そんな音をしきりに繰り返していた。
小さい頃のそんな記憶をふと手繰り寄せたのは、私が実家に帰省していた時の事だった。
3歳になる私の子どもに、母があの絵本を見せてきたからだ。
「懐かしいね、これ」
「あんた、小さい頃によく遊んでたでしょう」
「一つ鳴らないボタンがあったよね」
「ええ?どこに」
私は記憶にあるページを開いた。
「ほらこれ」
母は弾けたように笑い出す。
「嫌だ、あんたこれ、ただの絵の部分じゃない」
私の指さした先には、焚き火にあたっているおじいさんの絵があった。
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