欠航 180808

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欠航 180808

 雪が落下速度を増した。  更に水分を含んで、ぼた雪の粒が大きくなっている。  止む気配がないどころか、これからますます降り積もるのだろう。  今日も欠航だ。  早く内地へ行かなければ。  私は視界に映る海に降る雪を瞼で遮って、内地の情景を思い描いた。  輝く太陽があり、青い空があった。  新緑の森があり、白い雲を映す湖があった。  私の赴くべき場所。  そこに石碑がある筈だった。  それは直方体の形をした1m50cmくらいの石柱だ。  漢字で、私の苗字が彫り込まれている。  その足元で、私の両親と私の祖父母、そして私の祖先が眠っている。  一人になってからというもの、私はいつもその情景を頭の中で思い描いていた。  このところずっと。  それが私の拠り所となっていた。  今は想像でしかない。  しかし、それは確かにそこにある筈だった。  内地に。  私の拠り所。  思えば思うほど、私の中で欲求が高まる。  早く。  早く行きたい。  早く見たい。  私の一族の石碑。  私の、入るべき場所。  風雨にさらされ汚れているかも知れない。  地震で倒れている可能性もある。  雑草が生い茂っているかも知れない。  私は早く内地へ赴き、石碑を見つけ出すのだ。  そして私はそれを整える。  倒れていたら立て直し、汚れていたら丁寧に拭き掃除をする。  石碑が整ったら、石碑の前に備えられた2つの花瓶に菊の花を活ける。  線香に火をつけ、石碑の手前に置く。  そして私は手を合わせるだろう。  手と手の皺と皺を合わせて、幸せ。  これはもう何年も前に死に絶えてしまったインターネットから手に入れておいた情報だ。  私のようなオンボロでも、まだメモリーは生きている。  役に立つことだってあるのだ。  私は自分に言い聞かせるように、そう思った。  意識が遠くなりかけた。  またバッテリーが切れようとしている。  太陽が出ないことには、私の頭の上のソーラーパネルからバッテリーへの充電が始まらない。  また来年か。  また春を待つのか。  ここで何度冬を越したのだろう。  私のカウンターはもう数えるのをやめてしまった。  身体が動くうちに、早く内地へ…。 END
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