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左利き 180813
「お待たせしました。前菜のルッコラのクリームチーズ載せになります」
一番外側にあったフォークを右手で掴み、ルッコラを口に運ぶ。
隣の彼も同じように口に運んでいる。
「それで、」
と、向かいの席で母が口を開いた。
今、戦闘の火蓋が切って落とされた。
「それで、どういうお仕事をしていらっしゃるのかしら?」
その質問の答えは既に私から何度も母の耳に入れていた筈だ。
「サラリーマンです。商社に勤めておりまして、」
隣で彼が回答を始める。
「インターネットで取引されるコンテンツの著作権の管理などを担当しております。クールジャパンなどと昔から言われておりました、」
「ああ、あの、オタクの方々が好きな?」
彼の回答の途中で母が口を挟んでくる。これは母が事前に私から聞いた情報の受け売りだった。しかし母に悪意は無いのだろう。
「カボチャの冷静スープでございます」
右手でスープ匙をつかみ、スープを口に運ぶ。彼も私を見て、同じように右手でスープを掬う。
「それで、ご両親は?」
母が続ける。ちなみにこの質問も事前に私が回答済みである。
「父は退職をしておりますが、もともと外交官をしておりまして。外交官といってもタスマニアとか辺境の国を担当する外交官で、」
「ポワソンでございます。本日は舌平目のムニエルでございます」
右手でナイフを掴む。左手でフォークを掴む。
彼が私を見る。
昨日何度も練習した。
今こそその練習の成果が試される時だ。
右手のナイフで平目を切る。左手のフォークで口に持っていく。
私を見て、彼も慎重に同じ動作をする。
彼の緊張が手に取るようにわかる。
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