留守番

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 6月、梅雨の朝のことでした。   シルクのような霧雨が神社の境内にしっとり透明なベールを下ろし、肥えた赤土は赤紫色のアジサイを咲かせ、緑の葉っぱの上でカタツムリがゆっくり散歩を楽しんでいました。雨に煙るように新緑樹の清々しさが香ります。  しめ縄の巻かれた大きなブナのご神木のうろでは、頭に一本角を持つ空色のこおにが、まるっ鼻をずずいとふかせて眠っていました。  その頭をツンツン杖で小突いて「おきんしゃい」と誰かが呼んでいます。 「なんだよぉ、眠いのにぃ」  両目をこすりながら重たいまぶたを開くと、でっかい風呂敷を背負ったひげもじゃ神様がにんまりしています。  ひげもじゃ神様はこの神社の神様です。本当はもっと難しくてありがた~い名前がありましたが、なにしろ長ったらしくて難しいので、こおにには覚えられません。  あごひげがもじゃもじゃだから、ひげもじゃ神様でいいや。と、こおには覚えるのを諦めたのでした。 「いつまで寝とるんじゃ。おまえにちと頼みごとがあるんじゃよ」 「たのみごとぉ?」  言いながらカクンと眠りこけそうになったこおにの頭を「これこれ」と杖で小突いて、ひげもじゃ神様があごひげをなでます。 「実はじゃな、うほん。そのぉ、毎年神無月にやっとる神さま集会をじゃな、今年は夏に行うことにしたんじゃよ。それとな、いつもは数日で戻るところを今回は西国の観光……うほん、視察も兼ねて長旅になる予定じゃ。決して、夏の西国でバカンスを満喫する、とかじゃないぞよ」 (まだ神無月じゃないのに、ひげもじゃ神様がそわそわしていると思ったら、そういうことだったのか)
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