5人が本棚に入れています
本棚に追加
6月、梅雨の朝のことでした。
シルクのような霧雨が神社の境内にしっとり透明なベールを下ろし、肥えた赤土は赤紫色のアジサイを咲かせ、緑の葉っぱの上でカタツムリがゆっくり散歩を楽しんでいました。雨に煙るように新緑樹の清々しさが香ります。
しめ縄の巻かれた大きなブナのご神木のうろでは、頭に一本角を持つ空色のこおにが、まるっ鼻をずずいとふかせて眠っていました。
その頭をツンツン杖で小突いて「おきんしゃい」と誰かが呼んでいます。
「なんだよぉ、眠いのにぃ」
両目をこすりながら重たいまぶたを開くと、でっかい風呂敷を背負ったひげもじゃ神様がにんまりしています。
ひげもじゃ神様はこの神社の神様です。本当はもっと難しくてありがた~い名前がありましたが、なにしろ長ったらしくて難しいので、こおにには覚えられません。
あごひげがもじゃもじゃだから、ひげもじゃ神様でいいや。と、こおには覚えるのを諦めたのでした。
「いつまで寝とるんじゃ。おまえにちと頼みごとがあるんじゃよ」
「たのみごとぉ?」
言いながらカクンと眠りこけそうになったこおにの頭を「これこれ」と杖で小突いて、ひげもじゃ神様があごひげをなでます。
「実はじゃな、うほん。そのぉ、毎年神無月にやっとる神さま集会をじゃな、今年は夏に行うことにしたんじゃよ。それとな、いつもは数日で戻るところを今回は西国の観光……うほん、視察も兼ねて長旅になる予定じゃ。決して、夏の西国でバカンスを満喫する、とかじゃないぞよ」
(まだ神無月じゃないのに、ひげもじゃ神様がそわそわしていると思ったら、そういうことだったのか)
最初のコメントを投稿しよう!