押し売り

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彼の口元は笑っているが、眼は全く笑っていなかった。真剣というよりは、まるで疑ってない、信じ切ったような眼。初めて会った人間に向ける眼には思えない。 だからこそ不思議でならない。自分はこの青年を知らない。現時点で彼はストーカー以外の何者でもなかった。 「ちなみに、お前も今までずっと寝てたんだよな?」 「はい。でも何だか……よく思い出せないけど、昔の夢を見ていました」 「へぇ。奇遇だな。俺もそんな気がする」 そう返すと、彼は視線を下に移した。しかしすぐに顔を上げ、最高のスマイルで信じられない台詞を吐く。 「……そういえば! 何の根拠もないんですけど、俺、准さんに抱き締められてた気がします」 分からない。 ……何で根拠もなく、そんなおぞましいことを平然と言えるんだ。 なるべく穏便に会話したかったけど、キャパオーバーで爆発した。 「だ、か、ら! 会ったばっかの奴にそんな事するわけないだろ!? 確かに昨日は俺も酔ってたけど、お前だって全然覚えてないんじゃないか!?」 「覚えてますよぉ~。えーと、俺が大通りで財布とスマホなくした話まではしましたよね」 「初耳だよ、やっぱ何も覚えてないんだろ!」 息切れしながら叫んだ。大して酒に強くない人間の記憶力なんてアテにならない。自分も、恐らく彼も。だから尚さら頭を抱えた。 「昨日お前は、寝たら全部話すって言ってたぞ。何で俺のこと知ってるのか、今度こそ話してくれるよな?」 「いっ? 俺そんなこと言いました? 准さんの記憶違いじゃないですか」 彼はしれっと否定したが、これだけは自分の記憶に絶対的な自信があった。 「寝たら話すって言うから諦めて泊めてやったんだよ。これが記憶違いだったら百万……いや、十万払う」 金額を一桁下げてしまったのは、口に出したら何か急に自信無くなってきたとか、そういうんじゃないんだ。とにかく、早く畳み掛けないと。 謎のやる気がわいてきて、彼との距離を詰めた。 「さぁ言え、お前はどこの誰だ? まずは名前! それから歳。学生か!?」 彼の人間性があらかた分かってきたので、准は口を挟む間も与えず質問した。狙い通り、これは効果があった。 「涼成哉(すずみせいや)、二十歳です。一応、会社員ですけど……」 ようやく狼狽えた様子の彼を見て、愉快な気分になる。溜飲が下がるという表現がしっくりくるが、これは悟られてはいけないと思った。
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