押し売り

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誤解を解く為に説明すると、涼はホッとした顔で両手を叩いた。 「なるほど、さすが准さん! じゃあ俺早速行ってきます。えーと、確か交番でも良いんですよね」 涼は足早に玄関へ向かったが、何だかすごく不安だ。准も椅子に掛けてた上着を手に取り、彼の後を追った。 「待て、俺も行く」 「え、一人で大丈夫ですよ」 「……まだ肝心なこと喋ってないだろ? ここで逃げられたら俺が困るから」 という事にして、二人は近くの交番へ向かった。涼はすぐ近くでブラブラしていたらしいので、落としたのならこの近辺だろう。でも、 「やっぱりなかったなぁ……」 交番へ行き、警察署まで確認を取ってもらったものの、涼のものと思われる財布やスマホは届けられていなかった。 さらにもう一つ、予想外に困った事態が起きた。落し物が届けられた際の連絡先だ。住所も言えず、スマホも持ってない涼は連絡手段が無い。担当者の前で滝のように汗を流す彼が哀れで、准は代わりに自分の電話番号を伝えておいた。 すぐに届けられるとは思えないが、あの場をやり過ごす為には仕方ない。 「すみません、准さん。こんな事でご迷惑をおかけして」 「まぁ、しょうがないよな。優しい人が拾ってくれる事を祈って、連絡待ちしよう。カードとか持ってたら会社に電話して、早く止めてもらえよ?」 「え、えぇ。それがですね……電話がなくて」 あぁ、そうだった。 そもそも彼は現時点で一文無しだ。准は眉間を押さえて、自分のスマホを彼に手渡した。 「あ、ありがとうございます! 恩に着ます!」 涼は涙目でお辞儀する。そんなこんなで、午前はあっという間に終わってしまった。 思わぬ事態に停滞。涼は困っている。困っている人間を助けるのは人として当たり前だと思うけど、そんな奴を拾ってしまったことに自分が困っていた。 「昨日は生まれて初めて、ひとりで居酒屋で呑んでました。でも支払いはしたから、道端で寝てる時に落としたんだと思います」 「道端って……でも、スマホは? 落としたっていうより盗られた可能性が高いぞ」 「そうですね。サイフは盗まれて、スマホはそもそも、持ってなかったのかも」 ───持ってなかった? 准は密かに眉を顰める。 スマホを、持ってなかった。 それは一体どういう意味だろう。
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