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「まつのすけさま」
童女のような口調でつぶやいて、楓の両眼にふわっと涙が膨れ上がった。
「楓……」
何か言おうとしたが、かすれたしわがれ声しか出ない。
そのことが無性にもどかしく、そして、ひどく楓に対して済まないような気になった。
「ずっとずっと……ずうっとっ。待っていたのですよ」
楓は、ぽろぽろと涙を零しながらも、きゅっと柳眉を吊り上げた。
「……済まぬ」
心から、そう思う。
心配をかけた。辛い記憶を、思い出させてしまった。そしてどうやら、随分世話をかけてしまったようでもある。
「本当にずっとですよ。一体いつ……松之輔様が楓を、松之輔様の本当の奥様にして下さるのかと、わたくしずっとずっと待ち続けてまいりましたのに。その前に勝手に死んだりしたら、許しません」
涙でぐしゃぐしゃになりながら、ぷうっと膨れる楓の様子は、六つの頃から少しも変わっていないようでもあったが――
また不意に、楓の肌の温もりを思い出して松之輔は、十年はやはり長かったようだと、ひどく狼狽した。
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