8人が本棚に入れています
本棚に追加
どんなに元気そうにしていても、無惨な形で相次いで両親を失ったことが、幼い娘の心に傷を残さぬはずは無い。まだ一年と経ってはいないのだ。
楓は、夜中に物驚きして声を上げて飛び起きたり、夢うつつに父母の姿を追うのであろうか、ふらふらとさまよい歩くことがよくあった。
そもそもは、昨年の秋にそうして誰も知らぬうちに屋敷をさまよいだしていた楓を、たまたま松之輔が保護したことが、この数奇な縁の始まりだったのだが……
とまれ、そうしたことがあるので、せがまれるまま楓が寝付くまで添い寝をしてやるのが常だったが、昼間の疲れもあって、つい自分もそのままうとうとと眠りこけてしまう。
そんなことが一体どこから漏れて、奉行所の連中の耳に入ったのだろうかと思っていたら、なんと楓自身からだった。
「わたしは、まつのすけさまのツマなのですからね。ともねをするのは、とうぜんなのですよ」
意味も分からずそんなことを、大威張りで近所の誰かに言ったらしい。
これには、さすがの松之輔も、頭を抱えた。
そんな松之輔にも、これまで密かに心を寄せる女性がいなかったわけでは無い。
それが「御神酒徳利みたいに――」と評された友の妹で、幼馴染みの無二の友には違いないが、ちょくちょく屋敷に入り浸っていたのはそのせいだ。
しかし、幼馴染みとは言っても家格は向こうの方がはるかに上であったし、そもそも部屋住みの厄介者という立場であっては妻帯など思いもよらず、何より、完全なる片恋なのだから話にならない。
そんな慕情への心中立てというわけでも無いが松之輔は、自分は妻を娶らず、楓が年頃になったら釣り合う年齢の若者を婿にして、自分は早々に身を引いてもよいと考えていた。
武家の習いとは言え、右も左も分からぬ幼女のうちに、一回りどころでなく年の離れた男を、勝手に将来の婿と決められて押しつけられるなど、ただでさえ辛く悲しい思いをしている楓が、哀れに過ぎると思ったからだ。
もっとも、蓋を開けてみれば、こんな状況だ。
無論楓は、自分の声に亡き父の影を見ているに過ぎないのだろうが。
最初のコメントを投稿しよう!