1 長澤瑠璃

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 晴れた良い昼下がりだった。  午前分のカルテ記載を終え、私は椅子の上で大きく伸びをした。  珍しく、暇だ。普段なら午後の診察や病棟患者の面接に追われる時間だけれど、今日はその気配がない。医局の自席に戻ると、さっと肩にブランケットを羽織った。デスクの上をてきぱきととのえると、そのまま机に突っ伏した。眠れるときに、眠る。いつ呼ばれるか判然としない医者業を10年近くやれば、自然と身につく能力のひとつだ。  いい具合に眠りに落ちかけたところで、唐突に衝撃を感じた。反射的に上半身を持ち上げて、振り返る。尻を突きあげるように椅子を蹴った犯人は、ギリシャ彫刻に似た冷えた美貌で私を見下ろしていた。 「え……どうした?」  そこには循環器内科の築島が立っていた。彼から狼藉を受ける理由が思い当たらず、怪訝な顔で見つめ返す。 「話がある」 「患者さんの相談?」 「とりあえず、来い」 「え、なに、急ぎの話?」 「いいから来い」  有無を言わせず、医局併設の仮眠室へ誘導された。場所の選択が多少不適当なのではと思いもしたが、ひとまず彼に従った。万が一何かあったとしても、大声をあげればここならすぐ助けも呼べる。仮眠室のドアを閉めると、彼はご丁寧に鍵までかけた。さすがに私も不機嫌になる。 「ちょっと、何なん……」 「助けろ」 「は?」 「よくわからん事態になった」  いつの間に取り出したのか、彼の手には封筒が握られていた。特徴のない白い封筒を私に見せつけながら、震える声で彼は続ける。 「写真が来た」 「何の?」  「俺だ」 「え、何かの検査結果?」 「……違う。画像検査じゃなくて、俺の、プライベートな写真だ」 「……私、あんたのプライベートに何ひとつ興味も関心もないけど」  まだ椅子キックから「助けろ」の流れについていけず、ひとまず中身を知ろうと封筒に手を伸ばす。しかし、築島は弾かれたように手を振り上げ、私の手の届かない高みへそれを遠ざけてしまう。 「ちょっと」 「見なくていい」 「あんたさ、さっきから何がしたいの」  あまりに話が見えず、思わず苛立ちが声に混ざる。人を巻き込みながら勝手ばかり抜かす男を睨みあげた。 「安倍川さんの写真だ」 行きついた事実に、軽く目を瞠る。彼が動揺した理由に、ようやく思い至った。    彼のもとに届いたのは、彼のヌード写真だった。
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