2 築島樹

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2 築島樹

 金がないということは、時として人の判断を狂わせる。  学生時代、俺は金がなかった。  俺にとって不幸なことに、実家にはそこそこ金があった。おかげで、俺は奨学金を受けるという選択肢を失った。  仔細は述べないが、俺の家庭の事情は多少奇妙で複雑だ。そのことに気づいたのは、経済的に自立した研修医時代で、以降実家には戻っていない。  話を戻そう。  俺は地方国立大の出身だ。地元からは新幹線で2時間程度。当然下宿暮らしになった。その時点で父親はいい顔をしなかったが、「医学生の息子がいる」という聞こえの良さから、学費と月5万少しの下宿代は支払ってくれた。しかし、当然それだけでは生活は立ち行かない。  食費、光熱費その他を捻出するため、入学後速やかにバイトを開始した。実入りがいいのは家庭教師で、まずまず稼げた。食事は出来るだけ自炊、何処へ行くにも自転車で移動し、何とか日々を食いつないでいった。  進級するにともない、今度は教科書代に頭を悩ませるようになった。医学書は高い。数千円、下手をすれば万単位の金がすぐになくなった。先輩たちから古本を回してもらえるとはいえ、やはり必要な教科をタイムリーに手に入れることは難しい。バイトを増やそうにも、実習やレポートが立て込んで時間が工面できなかった。  いよいよ切羽詰まった俺は、金銭的援助を実家に申し出た。そうすると、金の入った封筒と一緒に、親戚と名乗るおばさんが俺より一回り年上の娘を従えて下宿に乗り込んできた。 「将来有望なイツキ君と、是非お友達に」  色白の肥えたおばさんと、パステルカラーに包まれたおばさんのコピーのような娘を前に、俺はめまいを覚えた。  実家を頼るというのは、つまりはこういうことなのだ。  現実を思い知らされた俺は、丁重にサポートを断った。幸い、実家からそれ以上の追撃はなく、俺も実家の筋は諦めることにした。  ここで、思わぬ事態が俺をさらに追い込むことになる。
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