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築島はその時、「ウミ」と名乗った。名付けたのは安倍川さんで、海で彼を拾ったのだという。
「撮影しにいったら、真夜中の波打ち際をうろうろしてる子がいて」
「え、何、怖い話?」
「私も最初、この世のものじゃないかと思ったわよ」
やたら容姿のいい青年が、砂浜を彷徨っていたのだという。撮影の邪魔でもあったし、もしも目の前で入水自殺でもされたら寝覚めが悪い。そう考えた安倍川さんは、彼に声をかけた。
「そしたら、パニックになったのか、私見て『うぉぉ、ピエール!!』とか言い出して」
「…………ピエール?」
話が見えず、安倍川さんに問い返す。すると、横からウミが答えた。
「……なんか、ピエールって顔だった」
「ああ……」
ひどく納得したが、この美形が安倍川さん相手に『ピエール!!』と叫んでいる様を想像するとあまりにシュールだった。
「思わず『誰がピエールやねん!』って突っ込んじゃって」
「安倍川さん、関西の人?」
「京都よ。それであれこれ事情聴いてみたら、お腹空かせてることがわかって」
撮影が終わるまで待たせて、早朝のファミレスでたらふく食べさせたのだという。
「気持ちいいくらい食べてくれたから、気に入っちゃって」
「それで、バイトすることになった」
私がご馳走したカルボナーラをフォークで巻き取りながら、ウミは頷く。所作のそこここに、品の良さが感じられた。
「プロを目指してるの?」
「そんな奴が、こんなに食うと思うか?」
「思わない」
「本業は別なのよ。お勉強中なんだって。それで、お金がかかるらしいの」
「何の勉強してるの? 映像系? デザイン?」
「内緒」
「あ、そ」
「ハリちゃんは? 学生さんって聞いたけど」
「私も言わない。でも、お金がかかるのはわかる」
来月までに揃えないといけない教科書代が頭を掠めたが、酒がまずくなるので考えるのをやめた。
「だから、私も脱いでるよ」
覗いてしまった罪悪感もあって、特に言わなくていい情報まで白状しておく。ウミは意外そうな顔でこちらを見つめ返してきた。
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