3 長澤瑠璃

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 築島はその時、「ウミ」と名乗った。名付けたのは安倍川さんで、海で彼を拾ったのだという。 「撮影しにいったら、真夜中の波打ち際をうろうろしてる子がいて」 「え、何、怖い話?」 「私も最初、この世のものじゃないかと思ったわよ」  やたら容姿のいい青年が、砂浜を彷徨っていたのだという。撮影の邪魔でもあったし、もしも目の前で入水自殺でもされたら寝覚めが悪い。そう考えた安倍川さんは、彼に声をかけた。 「そしたら、パニックになったのか、私見て『うぉぉ、ピエール!!』とか言い出して」 「…………ピエール?」  話が見えず、安倍川さんに問い返す。すると、横からウミが答えた。 「……なんか、ピエールって顔だった」 「ああ……」  ひどく納得したが、この美形が安倍川さん相手に『ピエール!!』と叫んでいる様を想像するとあまりにシュールだった。 「思わず『誰がピエールやねん!』って突っ込んじゃって」 「安倍川さん、関西の人?」 「京都よ。それであれこれ事情聴いてみたら、お腹空かせてることがわかって」  撮影が終わるまで待たせて、早朝のファミレスでたらふく食べさせたのだという。 「気持ちいいくらい食べてくれたから、気に入っちゃって」 「それで、バイトすることになった」  私がご馳走したカルボナーラをフォークで巻き取りながら、ウミは頷く。所作のそこここに、品の良さが感じられた。 「プロを目指してるの?」 「そんな奴が、こんなに食うと思うか?」 「思わない」 「本業は別なのよ。お勉強中なんだって。それで、お金がかかるらしいの」 「何の勉強してるの? 映像系? デザイン?」 「内緒」 「あ、そ」 「ハリちゃんは? 学生さんって聞いたけど」 「私も言わない。でも、お金がかかるのはわかる」  来月までに揃えないといけない教科書代が頭を掠めたが、酒がまずくなるので考えるのをやめた。 「だから、私も脱いでるよ」  覗いてしまった罪悪感もあって、特に言わなくていい情報まで白状しておく。ウミは意外そうな顔でこちらを見つめ返してきた。
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