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広大な砂漠の真ん中に塔が建っていた。塔と言っても、例えばバベルの塔ような人が立ち入れるような造りの塔ではなく、鉄が乱雑に組まれた、高さ数十メートル程の歪な鉄塔であった。
『モアの塔』と呼ばれるこの塔は、いつ頃造られ、何のために存在するのか、ある一人を除き、誰も知らなかった。気がついた頃にはそこに存在していたし、無くなった所で生活に影響が出る訳でもなく、周囲の人間にとってはその程度のものだった。
ある日の夜、砂漠を横断中の旅の若者が塔の近くを通った。そこで、塔を見上げ佇む一人の老人を見掛けた若者は、その光景に何か惹かれるものを感じ、思わず老人に声を掛けた。
「こんばんは、お爺さん。僕は旅をしている者ですが、お爺さんはこんな所で何をしているのですか?」
若者の問いかけに、老人は若者を一瞥すると、再び塔を見上げながら答えた。
「…お金がな、降ってくるのを待っているんだ」
「お金?」
要領を得ない老人の言葉に、若者はまたも尋ねた。
「それはどういう事ですか? ここにいれば、塔の上から誰かがお金をばらまくとでも言うのですか?」
老人はポツリポツリと答える。
「…誰かがではない、『塔』がだ」
若者は、(この老人は一体何を言っているのだ)と思った。交互に塔と老人を見比べる若者に、老人は笑いながらゆっくり説明した。
「…ボケ老人の戯言とでも思っているのかな。まあ、それでも良し。今から私が話す事は事実であり、それを信じるもバカにするもお前さんの自由だ。実はな、この鉄塔、『モアの塔』は、お金を生み出す魔法の塔なのだ。この周辺に暮らす者達ですら誰も知らないがな。…そら、もうじき降ってくるぞ」
老人は腕時計を確認すると、話を切り上げ、鉄が交差する、丁度人一人が通れる程の隙間から鉄塔の内部に移動して、まるで何かを受け止めるように両手を広げた。
未だ半信半疑であった若者は、その様子を黙って見守っていた。
その時だった。鉄塔の内部上空から、風に煽られた一枚の高額紙幣が、鉄の合間を縫うようにひらりひらりと降ってきたのだ。老人は宙に舞う紙幣をうまい事掴むと、
「…私の言っている事は本当だったろう」
と若者に言い、その場を去っていった。
鉄塔の上部に誰かがいる様子はない。となると、あの老人が言っていた事は本当なのか…。
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