題6話 予兆

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 食事中は、母の仕事の愚痴ばかりを聞かされていた。母の仕事は、ルインという喫茶店で正社員として働いている。店という点でも似つかわしくない名前だというのに、母が働いてるのであれば、すでに崩壊してると言ってもいいだろう。  母は、142㎝のシングルマザーであるがため、お客さんからは、ミニチュアマザーと呼ばれている。 恵「たまには、家以外でも暴れてみたら。」 詩織「マスターに迷惑かけるわけにいかないでしょ。」  日頃の鬱憤を、私にだけ晴らすなと、皮肉で言ったつもりだが、母は素っ気ない声で流した。先程の、優しい一面があった母でい続けて欲しいというのは、私のわがままなのだろうか。今日の熊の一件で母に叱られ分、甘えの言葉を言い出せずにいた。・・・ピロロロ~ン、前触れもなく母の携帯から着信音がなり、母は、咀嚼しながら携帯を操作する。 詩織「あんたって、本当に馬鹿だね。」  突如、皿からおかずを取ろうとする私に、正面で座っていた母は、箸を置き、片手でテーブルを押さえつけ、私の目元近くまで携帯を押し込むように見せてきた。 恵「・・・これって、霊ちゃんが送ってきたの。」 詩織「霊ちゃんのお母さんだよ。学校から連絡が来る前に、この熊とのツーショットが届いてたら、爆笑しながら誤ってたかもね。」  実質、誤っていないように思えるけど、肩の力を抜き、苦笑する母は、一枚の写真を見て、顔が引きつる私を、気遣ってくれたのかもしれない。今日の積み重なった不安定な気持ちを、リセットしてくれたようにも思える。 恵「ご馳走様。私、歯を磨いたらもう寝るね。」 詩織「もういいの、・・・まあいいけどさ。」  照れ臭かった私は、急いで食器を片付け、すぐ後ろであくびと、咀嚼を繰り返す母に、お休みと、口パクをしながら控えめに手を振るった。母は、鼻息で笑い飛ばすようにして、同じく手を振るってくれた。今日の馬鹿げた一日で、母の有難味を、また一つ知ることが出来た日でもあった。     
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