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「――誠吾? 誠吾! 先生誠吾が!」
一瞬だった。次に目を開くと深鈴が俺に覆い被さるように抱きついていた。真っ赤な目で俺を見た彼女は慌ててナースコールを何度も押し続けている。
体が動かない、ぼうっとしているが、今まで思い出せなかった記憶が鮮明に蘇る。
ガチャリとドアの開く音がする、白衣を着た先生が慌てた顔で俺を見る。遠く離れたドアの前に両親が肩を寄せ合い泣いていた。
奇跡だ、これは――――
医者はそう言った。
タクシーの窓の向こう、手を振る病院の人達に、深々と頭を下げる。
隣の深鈴はまた泣いていた。
「ほんっと、よく泣くよな」
「だって......」
「笑えって、ほら」
走り出すタクシー、見えなくなるまで後ろの窓からも手を振った。
「誠吾......もう、病気だからって、別れるとか言わないでね」
俺はあの体験を忘れない、それは俺がみた夢だったのか、それとも現実だったのか、今となってはわからない。あの時、あの三人に置いていかれたのは、俺はまだ完全に向こうの世界に行けれないと知っていたからだ。
清々しかったあの感情。俺は死にたかったのでは無く、苦しさから逃げたかっただけなんだ。俺はまだ、生きれるんだ――
「深鈴、こんな俺でよければ......左手の薬指、空けといてくれないか?」
窓から外を見ながら言った。
小さな涙声で「うん」と、聞こえた――
――了――
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