「不動」

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 意識を取り戻した私は自分を取り巻く世界が如何様なのか確かめるべく、辺りを見回した。1分ほど経つと、私が意識不明の状態を脱したことに隣のベッドの少年が気づき、ナースコールのボタンを押したようだ。それからすぐに看護師が病室にやってきた。続けざまに髪の薄い寝不足気味の顔をした医師がゆっくりとした足取りで私の方へ向かってきた。 「小川さん、私の声が聞こえますか?」医師は何やら口を動かした。  しかし、その声が私に届くことはなかった。その時私は初めて気がついたのだ。世界から音が奪われてしまったことに。どんなに懸命に聞き取ろうと神経を研ぎ澄ましても私の耳は、私の脳は音を拾い上げることが出来なかった。 「・・・そうか・・・・。やはり脳に後遺症があるようだな。すぐにMRIだ。」  感情もなくただ目の前の事実を冷酷に医師は述べた。述べた、というよりは唇を動かしていた、という表現の方が正しいのかもしれないが。  
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