温度の形跡

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温度の形跡

帰宅後、真っ先に部屋着に着替えた私はリビングの革製のソファーに腰をおろして「うっ」と唸った。 嗚呼、嫌な感触だ。 じんわりと臀部と太腿の裏に広がる温もり。 私はこれが大嫌いなのだ。 誰かが座った後、誰かが触れた後のこの温度。 混み合った病院の待合室を思い出してため息をついた。 春先の耳鼻科は大忙しだ。 花粉症の私は子供からお年寄りまでぎゅうぎゅうとひしめき合う待合室に毎年毎年飛び込んで行かねばならない。 ゲホゲホと咳き込む男性、マスクの下で鼻を啜る女性、のどが痛いと泣く子供。 耳が遠くなった老人は随分大きな声で話続けているし、部屋の奥に設置されたテレビからは興味のないワイドショーばかり延々と流れている。 決して広くはない待合室のビニール製の長椅子は満席で、パーソナルスペースもプライバシーもあったもんじゃないくらい皆肩と肩をくっつけて座っている。 「川上さーん、川上マサコさーん」 次から次へと名前が呼ばれるが、受付にもまた次から次へと患者が訪れ、椅子取りゲームのように席が空いたそばから埋まっていく。 立って待った方がよほどマシだ。 しかしご丁寧に予備としてパイプ椅子が出されており、そこにもしっかり先客がいる。     
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