温度の形跡

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皆名前を呼ばれる時をただひたすら待っていた。 ついさっきまで誰かが長いこと座っていた場所というのは、体温が残り続ける。 見ず知らずの誰かの体温。下手に姿だけわかっていても不快なものは不快だ。 汗、皮脂、繊維、細菌、におい……体の重みの分だけ型どるように凹んだ跡も、何もかもがこのぬくもりに凝縮されているように感じる。 まるでさっきまでここに座っていた誰かと直接触れ合うか、同化したような錯覚に陥って気持ちが悪い。 先程まで座っていた患者の体と同じ大きさにシワの寄ったパイプ椅子に私はえいやと腰をおろした。 触れるぬくもり。臀部はそっくり同じ位置に沈む。 嗚呼気持ちが悪い。 背筋にゾワゾワと鳥肌が立った。 花粉症の治療で来ているのに、病院に来たことで余計な吐き気や目眩を覚えるだなんて。 電車、タクシー、バスの座席は革張りではないから少しだけマシに思う。少しだけだが。 ビニールや革の座席に残る他人の体温や妙な湿り気が特に不愉快なのだ。 「斎藤アツシさーん」 隣に座っていた男性が呼び出され、パイプ椅子が空いた。 すかさず年配の女性が座る。 涼しい顔をして、何も気にせず座っているように見える。 この人は平気なのだろうか。     
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