温度の形跡

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さっきまで座っていた男性の温もりが残っていてもただの椅子としか感じないのだろうか。 そういえば誰かがしっかりと掴んでいたつり革の温度や手汗も不快だ。 流石にハンカチで包んでから掴むということはしないが、うっかり掴んだ瞬間に毎度顔を顰めてしまう。 握り締めた小銭に残る温もりも嫌いだ。 昔コンビニでアルバイトをしていた頃、小銭を握り締めてやってきた子供から受け取った時のことを思い出して身震いする。 誰かが着ていた服に残る体温も嫌い。 寒がる女に男が自分の着ていたコートをそっと羽織らせるシーンなんて、私からすればゾクッとするような一種のホラーシーンである。 例え好意があろうが親しい間柄であろうが、誰かの体温が残ったものに触れるのは不快なのだ。 夏は夏で不快のオンパレードだし、寒い季節はその温度が冷たい空気の中際立って不快だ。 どうしてこうも、誰かの温度というものは不快なのだろう。 潔癖症の気があるからそう感じるのだろうか。 こんなことなら革張りのソファなど買うんじゃなかった。 どうせ己だけだから、とデザインに惹かれて買ってみたのだが、やっぱり不快になってしまった。 私は目の前のテーブルの上に置かれたマグカップに視線を落とした。 部屋に漂うコーヒーの香り。 あれ、そういえば。 「私、一人暮らし……」     
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