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自宅に帰って、洗面所で手を洗っていると、久志が顔を出した。
「あれ、今日も藤澤さんと一緒じゃないの?」
久志はそんなことを言いながら、洗面所を覗きにきた。
顔を洗って、久志と顔を合わせないようにする。
「俺、明日の朝の新幹線で帰るな?」
久志の言葉に返事をして、タオル掛けからタオルを取って顔を拭く。
「…姉ちゃん?」
ちゃんと、平然をと思っていたのに、顔からタオルを離せない。
「どした?」
何もないと意思表示しようと、タオルで顔を覆ったまま首を横に振る。
「藤澤さんにちゃんと自分の気持ち伝えたんだろ?」
鼻の奥が熱くなって、痛いくらいに重い。
「言えずに逃げてきた?」
息を飲むのも喉が重い。
「また同じか?」
「…言ったよ」
私はタオルで顔を覆ったまま、答えた。
「言ったけど…ダメ…だった」
声が震える。
「慶太は…弘美ちゃんを捨てられないって…」
そう話し出したら、今朝の情景を鮮明に思い出す。
「顔合わせをドタキャンするのも…家に彼女を泊めたのも…元夫婦だからって言われたら……納得しなきゃいけない?…そんなの…無理だよ…」
その場に崩れるように、座り込む。
「泊めたって何?」
久志の問い掛けに答えないでいると、久志はタオルを剥ぎ取った。
「泣いてたって何も解決しねぇぞ!?」
そう言われて、久志を見上げる。
「姉ちゃんー」
久志は私を見て、目を見開いた。
「もう、解決したよ…今朝、別れてきたから…」
そう言うと、また込み上げてきた。
「なんだ…それ…」
久志は私の側に腰を下ろした。
7つも離れた弟に、こんな醜態をさらすなんて、きっと黒歴史になる。
だけど、取り繕えなかった。
「久志……ちょっとだけ…肩借りていい…?」
姉のボロボロな姿に同情したのか、いつもなら突っぱねるだろうけど、久志は肩を貸してくれた。
久志の肩に額を置いて、声を圧し殺して泣いた。
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