第四十三章 恋と愛

7/7
前へ
/618ページ
次へ
自宅に帰って、洗面所で手を洗っていると、久志が顔を出した。 「あれ、今日も藤澤さんと一緒じゃないの?」 久志はそんなことを言いながら、洗面所を覗きにきた。 顔を洗って、久志と顔を合わせないようにする。 「俺、明日の朝の新幹線で帰るな?」 久志の言葉に返事をして、タオル掛けからタオルを取って顔を拭く。 「…姉ちゃん?」 ちゃんと、平然をと思っていたのに、顔からタオルを離せない。 「どした?」 何もないと意思表示しようと、タオルで顔を覆ったまま首を横に振る。 「藤澤さんにちゃんと自分の気持ち伝えたんだろ?」 鼻の奥が熱くなって、痛いくらいに重い。 「言えずに逃げてきた?」 息を飲むのも喉が重い。 「また同じか?」 「…言ったよ」 私はタオルで顔を覆ったまま、答えた。 「言ったけど…ダメ…だった」 声が震える。 「慶太は…弘美ちゃんを捨てられないって…」 そう話し出したら、今朝の情景を鮮明に思い出す。 「顔合わせをドタキャンするのも…家に彼女を泊めたのも…元夫婦だからって言われたら……納得しなきゃいけない?…そんなの…無理だよ…」 その場に崩れるように、座り込む。 「泊めたって何?」 久志の問い掛けに答えないでいると、久志はタオルを剥ぎ取った。 「泣いてたって何も解決しねぇぞ!?」 そう言われて、久志を見上げる。 「姉ちゃんー」 久志は私を見て、目を見開いた。 「もう、解決したよ…今朝、別れてきたから…」 そう言うと、また込み上げてきた。 「なんだ…それ…」 久志は私の側に腰を下ろした。 7つも離れた弟に、こんな醜態をさらすなんて、きっと黒歴史になる。 だけど、取り繕えなかった。 「久志……ちょっとだけ…肩借りていい…?」 姉のボロボロな姿に同情したのか、いつもなら突っぱねるだろうけど、久志は肩を貸してくれた。 久志の肩に額を置いて、声を圧し殺して泣いた。
/618ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11755人が本棚に入れています
本棚に追加