第四十四章 誤解

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第四十四章 誤解

ー慶太と別れて、二週間が経った。 街はクリスマスの雰囲気でいっぱいになり、予定もないのにちょっとだけワクワクした。 沈んだ心には有難い時期かもしれない。 華やかなクリスマスデコレーションが見事すぎて、陰気にならなくて済む。 神戸に来て初めてのクリスマスだ。 昼休みに極寒の屋上で、ココアを飲んでいた。 寒いけれど、熱々の缶ココアは身体を温めてくれる。 「こんな寒いのに、ここで何してるんです?」 声がして振り返ると、相葉さんの姿を見つけた。 彼女は私の座るベンチまで寄ってきて、腰を下ろした。 「真冬ですよ?」 「オフィスが暑いくらいに暖房効いてるから、クールダウンしに」 「一瞬でいいでしょ?こんな長く居なくても」 寒さに震えた彼女は自身の肩を抱くようにする仕草をする。 「相葉さんどうしたの?」 私の問い掛けに、彼女はすぐに応えず、身体を丸めてから私を見た。 「葉山チーフ、ちゃんと食べてます?」 「えっ?」 慶太と別れてから、食欲がない。 蛍の時は、三村がランチに誘ってくれたりして割りと食べられていた。 「その痩せ方よくないですよ」 彼女の指摘に苦笑い。 「藤澤チーフと別れたんですか?」 予想外の質問に彼女を凝視した。 彼女に交際の事実は話していないはずだ。 私の顔を見て、彼女は笑った。 「大丈夫ですよ、私くらいしか気付いてないですから。藤澤チーフとできてたことも、破局したこともー」 答えに戸惑っていると、彼女は余裕の表情でそう言った。 「噂では、株式会社ピュアの代表が藤澤さんの元カノで、大本命じゃないかって話になってます」 「なんの噂?」 「前も言いましたけど、藤澤チーフは出世株ですよ、狙ってる女子多いですから」 その狙ってる女子に目をつけられずに別れられたことに心底ホッとした。 バレて目をつけられて別れたとなったら、地獄過ぎる。 「一時、葉山チーフ、ロックオンされてたんですよ?」 「ロックオン?」 「でも、社内の女子が葉山チーフと見たことない男性がバスターミナルで寄り添いあってた場面を夏の終わり頃に目撃したらしくて、お咎めなしだったんです」 「お咎めなし?」 バスターミナルの相手は恐らく蛍だ。 恐らく佳世子の結婚式の帰り? 誤解だけど誤解してくれて良かった… 弘美ちゃんが以前、狭い街だからと助言してくれていたことを思い出した。 恐ろしすぎる… 「相葉さんは何で…?」 どうして気づいたのか、 どうして黙ってくれていたのか、 「私、本気で藤澤チーフ狙ってたんです。だから何となく、勘もいい方ですし…」 「なるほど…」 「でも久志君の方がいい男だし」 「…相葉さん、久志はまだ学生だよ?」 「私の勘は確かです」 彼女の自信たっぷりな態度に、それ以上の言葉を掛けるのを止めた。 暫く黙って並んで風景を眺めた。 そして、彼女は身震いする。 「やっぱり、寒い。中入って温かいうどん食べません?まだ食べる時間ありますよ」 相葉さんは時計を見て、立ち上がりながら提案してくれた。 私を心配してくれている… 「うん。ご馳走する」 私も立ち上がる。 「社食のうどんご馳走になっても嬉しくないです。もっと美味しいものにしてください」 相葉さんらしくて笑えた。
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