冬の朝

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彼女は心配性だ。財布からは一万円札から一円玉までが10枚ずつ揃って出てくる。カバンの中は、貴重品と預金通帳に印鑑、絆創膏から消毒液までが常備されていて、四次元ポケットと化している。食材を大量に買い込んできては使えきれずに腐らせてしまうことも、数知れず。目につく度に指摘してきたので、この数年で症状の多くは落ち着きを見せてきた。でもひとつ、未だに治らない症状がある。 「ごめん」 読みかけの新聞を一旦閉じて、両手を出す。すると、右手が包まれた。まずは手の甲を撫で、それから指を1本ずつ握って慈しむ。完成とばかりに恋人つなぎをして、水かきと手のひらも忘れはしない。同じように、左手にも潤いをもたせる。 「はい、ありがと」 綿手袋を履かされたのを見て、再び新聞を開いた。紙面をめくる度に、甘ったるい香りが鼻をくすぐる。 「だから出すのは第一関節までなんだって」 10分後には家を出て、10分間の通勤時間。車から降りる前に手袋を外せばいいのだが、自分に不釣り合いなこの匂いは、仕事場までまとわりついてくる。 「でも、足りないんじゃないかって思っちゃうの」 だからといって、手のひらにたっぷりのせるのはどうなのだろう。あのチューブだって、たったの3日で使い切ってしまう。 「今度は高いのを買おう。そうすれば、使う量も減る」 カバンを提げると、湿った綿手袋が肌に張り付いてくる。この様子だと、今日もあの子に「女の人みたいですね」なんて笑われてしまう。 「いいよ、そこまでしなくても」 そのまま背を向けて、右手を挙げた。玄関のドアを閉めるまで、振り返ることはしなかった。 あれから2本のチューブを使い切って、今日は新しいものをおろす日のはずだ。いつもより300円高いものを用意して、さらに2割増しの値段で買ったと伝えると、 「あそこのドラッグストアって、高いんだから」 と不機嫌になってしまった。 朝と晩の2回の習慣。今朝はゆっくり起きて、ドアの隙間からこっそり見守ってみようと思う。 洗い物を終えて、セロハンを剥がす。中指の第一関節分の長さを絞り出して、慣れた様子で手に馴染ませていく。 ガッツポーズをこらえて、ゆっくりドアを開けた。 「おはよ...う?」
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