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「ほんとはさあ、演歌歌いたくないんだけど、事務所がそうしろって」 「どうして好きなの歌わないんですか?」 お姉さんは困った顔をする。 「そう簡単じゃないよ、事務所がダメだって言うんだから。ファドって知ってる?」 知らない。首を振った。 「ねっ、ポルトガルの歌なんだけどね、みんな知らないから」 「知らない歌だって聞いたら好きになるかもしれないです」 「優しいねぇ、ユキちゃんは」 お姉さんはそう言って新しいビールを持ってきた。 「どんな歌ですか?聴かせてください」 私はちょっと酔っ払っているのか調子に乗る。 お姉さんはニコッと笑って、少し歌ってくれた。 うっとりとするアルトの声だった。話している音とは少し違う。 お姉さんが囁くように歌う意味がわからない言葉たちは、魔法の呪文のように、ぽっかり空いた心の穴を埋めてくれる。 悲しげなメロディだけど、あったかい。 「上手です」 思わず、そう言って小さく拍手をした。 「ありがとう」 お姉さんはまたニコッと笑って座ったままお辞儀をする。     
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