22人が本棚に入れています
本棚に追加
「ほんとはさあ、演歌歌いたくないんだけど、事務所がそうしろって」
「どうして好きなの歌わないんですか?」
お姉さんは困った顔をする。
「そう簡単じゃないよ、事務所がダメだって言うんだから。ファドって知ってる?」
知らない。首を振った。
「ねっ、ポルトガルの歌なんだけどね、みんな知らないから」
「知らない歌だって聞いたら好きになるかもしれないです」
「優しいねぇ、ユキちゃんは」
お姉さんはそう言って新しいビールを持ってきた。
「どんな歌ですか?聴かせてください」
私はちょっと酔っ払っているのか調子に乗る。
お姉さんはニコッと笑って、少し歌ってくれた。
うっとりとするアルトの声だった。話している音とは少し違う。
お姉さんが囁くように歌う意味がわからない言葉たちは、魔法の呪文のように、ぽっかり空いた心の穴を埋めてくれる。
悲しげなメロディだけど、あったかい。
「上手です」
思わず、そう言って小さく拍手をした。
「ありがとう」
お姉さんはまたニコッと笑って座ったままお辞儀をする。
最初のコメントを投稿しよう!