無くしたもの

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奇しくもその日は満月の夜。 漣(さざなみ)は毎日の日課になりつつある 弁財天詣りを行うため支度をするにも 今日はいつもより時間が押していて 漣は急いで衣の着替えをしていた。 弁財天詣りとは年の五穀豊穣の秋祭りの 様なもので 漣が暮らす場所では1ヶ月間だけ 弁天堂にお参りをしに行がなければならない風習があった。 「ねえ、ズボンのベルトがちゃんと通ってある?」 髪を梳かしながら服を整えているものだから 漣はあたふたして 夫である岳由(たけよし)に問いかけた。 岳由は側で新聞紙を広げているのにも関わらず、 漣の支度に何も興味を示さない。 「・・・あ、うん」 と、漣を見ることもせず愛想のない返事をする。 「ああ、もう!たけさんはっ。」 岳由の無愛想さは今に始まったばかりでは なく、漣はハナっからいい返事を期待しては いない。 それでも頬を膨らまし「もう」と、 拗ねたように怒ってみせ、チラリと岳由の ほうを見る。 新聞紙から顔を見せない岳由に頭から おぶさってやりたい気持ちになったが 静かに鏡に向かい 右を向き、左を向いて後ろ姿を写した時 首を苦しげに傾けて、 「まあ、良いでしょ。じゃあね、たけさん行ってきます」 と、素っ気なく言い、いそいそと玄関に 向かって行った。
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